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幼稚園の卒園式に僕は出ることができなかった。
卒園式の二日前にインフルエンザにかかり、当日はベッドで寝込んでいた。
何度も入場や歌を練習したのに出ることができなかった。それだけでも悲しかったっていうのに、もっと僕を悲しませることがあった。
卒園式の後、担任のサヤカ先生が辞めるという話があったという。
僕がそれを知ったのは、少し後のことだった。卒園式に出られなかった園児たちが、卒園証書を受け取りに行く日だった。
園長先生から証書を受け取り、帰り際に僕は職員室を覗き込んだ。
しかし、いつもなら笑顔で手を振ってくれるはずのサヤカ先生の姿はなかった。
先生がいた机は綺麗に片付けられ、ガランとしていた。
副担任だったミユ先生からサヤカ先生が辞めてしまったことを聞き、僕はまた熱でも出たのかと思うくらいにふらついた。
僕は、サヤカ先生が誰より大好きだった。
本当に、いつか結婚するんだって思ってた。
そんな僕はガランとした机を見ただけで、心の一部が欠けてしまったような気持ちになってしまった。
「サヤカ先生、いないんだね」
職員室を覗き込んでいた僕の隣で誰かの声がしたフェイクファーのフードがついた赤いコートの女の子・理沙だった。
理沙も僕と同じくインフルエンザで卒園式に出られなかったのだ。
卒園証書を受け取った帰り道、母に連れられ、僕は幼稚園の近くにある公園に寄った。
同じマンションに住む実夏が公園にいたので、僕は先生に会えずショックだったことを話した。
「あー、そっか。陽はインフルだったもんね」
「実夏は卒園式でれたからいいよ。でもオレは出れなかったんだよ」
「インフルエンザになるほうが悪いんじゃない?」
実夏は口が悪かった。ケラケラと笑う実夏に
「なりたくてなったんじゃないよ!」
と理沙が言い返した。
実夏は僕だけに言ったつもりで、理沙を怒らせるつもりはなかったのだろう。少し気まずそうな顔をした。
「そんなにお別れ言いたかったならさー、会いにいけばいいでしょ。外国に行ったんじゃないし」
実夏の言葉に、僕と理沙は顔を見合わせた。
そうか、会いにいけばいいのか、
僕は一人頷くと、理沙の手を引っ張った。
「え?」という理沙の声も、「あ……」と何か言おうとした実夏の声も僕は無視して、公園の目の前にある自宅マンションまで走った。
理沙は何も言わずについてきた。
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