23人が本棚に入れています
本棚に追加
まだ眠っていた理沙を揺らして起こした。「うーん……」とはっきり目が覚めていないようだったが、電車から降ろすと駅のホームに吹き込む冷たい風で目が覚めたらしい。
「新逗子駅に来たの?」
「うん。ここが終点」
人の流れる方向に改札口があることを僕は知っていたので、人の流れに付いていった。
改札口を美月姉ちゃんのPASMOで抜けると、空がさっきより薄暗くなっていることに気が付いた。もう夜が近いのだ。
眠っている間に空が色を変えることが不思議だった。
駅前はバスやタクシーが何台も止まっていた。夏休みの時はもっと混んでいた気がするが、それでも多くの人が歩いていた。僕が歩き出すと、理沙は僕のコートの裾を掴んで着いてきた。
ここまで来て、僕はあることに気がついた。
確かに美月姉ちゃんから葉山町は新逗子駅のほうだと聞いた。
しかし、ここからサヤカ先生の家へはどうやって行けばいいのかわからなかった。
僕はコートのポケットからサヤカ先生からもらった年賀状を取り出した。ポケットの中で曲がってしまったらしく、さっきまではなかった折った跡が付いていた。
この年賀状に書いてあるのが住所だということは知っている。
美月姉ちゃんがいれば、スマホで住所を入力して地図アプリで道を調べることができることも知っている。
遠い場所ならバスやタクシーで行けることも知っている。
知っていることはいっぱいある。
でも、僕にはスマホはいから、地図アプリを使えない。
どのバスに乗ればいいのかもわからない。
タクシーはお金が掛かるとママが言っていた。お金は持っていない。
さっき理沙が電車で言っていた「早く大人になりたい」という気持ちが、急に僕にもわかった。
僕は何もできない。
スマホもお金もない。
どこにも行けない。
最初のコメントを投稿しよう!