第一章 佐吉の死

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 (さて)、何時の頃だったか。随分と大昔の話だが、()る村の家で家事があった。その家は確か庄屋だった様に思う。屋根裏を火元とし、屋敷全体を燃やし尽くしたこの火事で、偶々家に一人でいた庄屋の息子が死んだ。雪の降る年の暮れ。庄屋夫婦は用があって丁度家を留守にしていた日の夜の事であった。  庄屋の息子を佐吉と云った。佐吉は子供の頃から気の利いた優しい子供で、その評判は大人になっても変わる事が無く、まさしく非の打ちどころが無い様な好青年であったと云われている。色白で、少し女の様にも見える美しい顔をしており、背も高く、村娘たちからも大層評判が高かった佐吉だが、それを誇示する事は無く、囃したてられると「やめてくれ」と、照れ臭げに云うのだった。  非の打ちどころも無ければ彼を恨む者も殆どいない。そんな彼が原因不明の火事で死んだ。勿論村の人々は驚いた。  しかし、火の気のない屋根裏で何故火事が起きたのか。考えられるのは火付けだが、彼を恨む者がいなければ火付けなど起こる筈が無い。では一体誰が火を付けたのか。  実は佐吉の枕元にもう一つの遺体があった。  それを知った村人たちは口々に云うのだった。 「お咲じゃ。お咲が屋敷に火をつけたのじゃ」 「そうに違いない」  お咲じゃ。お咲じゃと口走りながら村人たちは片身を寄せ合い、手を擦り合わせながら念仏を唱えた。  お咲と云うのはそれはそれは可愛らしい娘で、他の村娘では並ぶ者が居ないとまで云われた程であった。そんなお咲の恋人があの佐吉であった。幼い頃からの恋仲であった二人だが、いざ祝言(しゅうげん)を挙げようとしたところで、その縁談は破談となってしまった。それは彼女の家は村でも貧しい家であったからである。幼馴染と(いえど)もお咲は貧しい家の娘。(むし)ろ幼馴染であったから皆大目に目を瞑っていたのである。しかしいざ祝言となると、流石に許しを貰う事はできなかった。  佐吉とお咲の仲は身分違いの恋故に、無惨にも引き裂かれてしまったのである。今迄のまま過ごしていればこの様な事は起こらなかっただろう。二人の間に祝言を挙げようと云う気持ちが芽生えてしまったばかりに二人は引き離されてしまったのである。  佐吉と引き離されたお咲はその日の晩、失意のうちに川へ身を投げて死んでしまった。  佐吉が死んだのはそれから二日後の晩の事であった。
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