三月某日

1/1
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/39ページ

三月某日

 中尾正敏(なかおまさとし)、六十歳。  ある朝、彼はいつものように家を出た。  今日はごみ出しの日だ。  週に二回のごみの日は、必ずと言っていいほど、お隣のお嬢さん、綿貫昌代(わたぬきまさよ)と鉢合わせになる。  お嬢さんと言っても、綿貫ももうすぐ五十歳だ。それでもお互いに独身を貫いていたので、お互いを「お兄さん」「お嬢さん」と呼び合っていた。  「おはようございます」  「おはようございます」  お約束のあいさつの後は、世間話を一言二言交わしてから、中尾は駅に向かい、綿貫は自宅に戻るのが定番になっていた。  いつものように、綿貫が先に口を開いた。  「最近、近隣で男の人の神隠しが多発してます。お兄さんも注意してくださいね」  「本当に怖いですよね。俺も重々気を付けます」  言われて、中尾も最近見たニュースを思い出す。  実は、中尾の住む某県の近隣で、成人男性の行方不明事件が、この一年の間に七件相次いでいたのだ。  その誰もが、特に失踪するような事由は思い当たらず、共通するのは中尾と同じく独身男性という事だけだった。  TVでは、誘拐だの連続殺人だのと騒いでいる。  年齢も、下は三十代から上は七十代までまちまちで、中尾も気にはなっていた。  それでもまさか自分がと高を括っていた。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!