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三月某日
中尾正敏、六十歳。
ある朝、彼はいつものように家を出た。
今日はごみ出しの日だ。
週に二回のごみの日は、必ずと言っていいほど、お隣のお嬢さん、綿貫昌代と鉢合わせになる。
お嬢さんと言っても、綿貫ももうすぐ五十歳だ。それでもお互いに独身を貫いていたので、お互いを「お兄さん」「お嬢さん」と呼び合っていた。
「おはようございます」
「おはようございます」
お約束のあいさつの後は、世間話を一言二言交わしてから、中尾は駅に向かい、綿貫は自宅に戻るのが定番になっていた。
いつものように、綿貫が先に口を開いた。
「最近、近隣で男の人の神隠しが多発してます。お兄さんも注意してくださいね」
「本当に怖いですよね。俺も重々気を付けます」
言われて、中尾も最近見たニュースを思い出す。
実は、中尾の住む某県の近隣で、成人男性の行方不明事件が、この一年の間に七件相次いでいたのだ。
その誰もが、特に失踪するような事由は思い当たらず、共通するのは中尾と同じく独身男性という事だけだった。
TVでは、誘拐だの連続殺人だのと騒いでいる。
年齢も、下は三十代から上は七十代までまちまちで、中尾も気にはなっていた。
それでもまさか自分がと高を括っていた。
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