闇しぐれ

5/8
前へ
/8ページ
次へ
 男はとりあわない。向こうから先程の佐吉と、番所の役人が駆けてきた。  「こないことにお手を煩わせてしもうてお詫び申し上げます。どうぞ、あとはおまかせください」  役人のひとりは男に慇懃に礼をすると、他の者に命じて地に斃れている男たちを縛り出した。    (このひとは、ほんまにどなたなんやろ)  「旦那」  ふとその声に視線をやったおしずを、声の主の佐吉もまた一瞬見やると男へ向いた。  「どないなされます」  「ああ。先に帰っていい」  それから男はおしずを振り返った。  「送ってく」  おしずは思わず目を瞬いた。  「ええんどすか」  「おまえのような女でも、放っておくわけにはいかないだろう」  その言葉に役人の一人が、顔を上げておしずを胡散臭げに見た。  「やっぱり結構どす。ひとりで帰れます」  むかっ腹を立てて、おしずはさっさと歩きだした。  すぐ後ろを高下駄の音が小気味よく響いてくる。  おしずは振り返った。  「結構て言うてるやないどすか」  「俺の帰り道もこっちなだけだ」  男は大した事でもなさそうに返してきた。  
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

390人が本棚に入れています
本棚に追加