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男はとりあわない。向こうから先程の佐吉と、番所の役人が駆けてきた。
「こないことにお手を煩わせてしもうてお詫び申し上げます。どうぞ、あとはおまかせください」
役人のひとりは男に慇懃に礼をすると、他の者に命じて地に斃れている男たちを縛り出した。
(このひとは、ほんまにどなたなんやろ)
「旦那」
ふとその声に視線をやったおしずを、声の主の佐吉もまた一瞬見やると男へ向いた。
「どないなされます」
「ああ。先に帰っていい」
それから男はおしずを振り返った。
「送ってく」
おしずは思わず目を瞬いた。
「ええんどすか」
「おまえのような女でも、放っておくわけにはいかないだろう」
その言葉に役人の一人が、顔を上げておしずを胡散臭げに見た。
「やっぱり結構どす。ひとりで帰れます」
むかっ腹を立てて、おしずはさっさと歩きだした。
すぐ後ろを高下駄の音が小気味よく響いてくる。
おしずは振り返った。
「結構て言うてるやないどすか」
「俺の帰り道もこっちなだけだ」
男は大した事でもなさそうに返してきた。
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