1

7/8
前へ
/8ページ
次へ
私は何かないかと部屋の中を見渡し、狙いを定める。 丁度この前旦那が出張先で買ってきた温泉饅頭が残っていた。老舗旅館の有名饅頭だから大丈夫だろうと、賞味期限を確認してから家にためて取っておいた綺麗な袋に入れ直してプレゼント仕様にラッピングする。 そして3時間ほど家事をしたりお昼を食べたりして少し時間を置き、いざ黒川邸へ乗り込む。 インターホンを鳴らすといつものように普通に黒川さんは出てくる。 「これ、主人が出張先で買ってきたお饅頭なんですけどよかったらどうぞ。うちでは食べきれないので」 「あら、これ有名なお饅頭よね、ありがとう。 ところで私の作った筑前煮はお口に合ったかしら? やっぱり人様におすそ分けするものって市販に売っているものじゃ味気ないじゃない?私は愛情込めて一生懸命手作りした物しかお返しには使わないのよ。 あら、やだ、あなたが悪いって言っているわけじゃないのよ。 人には向き不向きがあるもの。自分でできなければそれなりに頑張ればいいんだから、気にすることはないわ」 いつものように穏やかで落ち着いたトーンでニコニコしながら私に話しかける。 一瞬返す言葉がなかった。 というか、あっけにとられたとというか、こんな人を見たことも聞いたこともなかったので対応が分からず軽くパニックになった。 私はとりあえず 「はぃ、お口に合えばいいんですけど、どうぞ召し上がってみて下さい。では失礼します」 と言い、黒川さんちのドアを閉めた。 さっきよりは丁寧な受け答えは出来た気がするが話が噛み合っていたのかは分からなかった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加