1.カミさんからの贈り物

1/2
前へ
/9ページ
次へ

1.カミさんからの贈り物

 うちのカミさんの母国・フランスでは、聖ヴァレンタインの日には、男女がお互いプレゼントを交換する。愛を賛美して。  俺は、パリジャンを気取り、毎年、赤い薔薇の花束を抱えて(うち)に帰ることを習慣にしていた。愛するイザベルの優しい笑顔に会うために。  ところが、今年は、ドアを開けると、明らかに室内の様子が違っていた。冷え切った室内。灯りのついていないリビングルーム。オードブルかワインでも買いに行ってるのかなぁなんて、最初は気楽に構えていたが、どうも様子が違う。  食卓の上にポツンとリボンのかかった箱が置かれていて、チョコレートのプレゼントかなぁと思って開けてみると、そこには、なんと!  写真が数枚入っており、それに写ってるのは... 今にも抱擁しそうな男女。美里(みさと)と俺の姿。  思わず息を飲んで、その場に立ち尽くす。  これは、(まい)った。  いや、確かに、彼女とはちょっとあったよ、でも、それは、夫婦の愛に比べれば、ほんの些細なアヴァンチュールに過ぎない。理解しろって言ったって、無理かもしれないけど。男って、チャンスが来るとつい手を出しちゃうんだよ。本気じゃないし、相手だってちゃんと選んでやってる。略奪愛だなんて、馬鹿なことを考えるような、若い女は、初めから避けてるんだから。思いつめて、奥さんと私とどっちを選ぶのなんて、そんなことを言い出しそうな女は御免だから。  美里? そりゃいい女だけど、仕事もできるし、男に依存しないタイプなんだ。でも、男は好き。だから、俺を選んだんだよ。わかってくれないかなぁ。  たぶん、探偵事務所を雇ったんだろうけど、そこまでして証拠突き付けるくらいだから、イザベルも離婚する覚悟があるのかもしれない。  こんな時、エマがいてくれたら、と切に思う。バレエでロンドンに留学している一人娘だ。あいつなら、もしかしたら、ママを慰めて、俺を(かば)ってくれたかもしれない。  どうしよう、これから?  取り敢えず、エアコンのスイッチを入れて、コートを脱いで、そうそう薔薇の花も花瓶に入れてあげないといけないな。  着替えた後で、手を洗おうと、洗面所に行ったら、使おうとしていた透明ガラスの大き目の花瓶が、床に足の踏み場もないくらい粉々に散らばっていた。  うちのカミさんは、本気を出すと、ほんと恐ろしい。ナイフを振りかざさなかっただけ、まだマシだ。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加