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暫くして、イザベル側の弁護士から慰謝料の金額が折り合えば、裁判を終わりにしたいという申し出があった。こちら側の弁護士、つまり富田は、「新しい事実が判明したので、内容を確認してからにしたい。」と返事し、4人、つまり当事者二人とそれぞれの弁護士で話し合うこととなった。
青山一丁目にある瀟洒なビルの3階へ上っていくと、テレビドラマで見るようなシンプルなつくりの小綺麗なオフィスがあり、その会議室に案内された。高田馬場の富田の薄汚い事務所とは全く様相が違う。
久しぶりに会うカミさんは、少し太って顔が丸くなった気がした。弁護士は、切れ者っぽい眼鏡の、歳の頃40中盤くらいの女性だった。
「で、新事実って何ですか?」
俺は、「この前のヴァレンタインにプレゼントをいただいたので、ホワイトデーには遅いんですが。」と言って、封筒から写真を取り出した。
それは、ジュリアンが自分のマンション前でイザベルと抱き合う写真数枚だった。
ふふんとカミさんは鼻で笑って、「フランスの習慣忘れたの?」と言う。
「おい、忘れるか。挨拶のビズっていうのはな、唇にはしなだろ。」
「親しい人にはするわよ。」
「じゃあ、親しい人の家には泊まるのか?離婚裁判中なのにずいぶん脇が甘いようだな。」
チッとイザベルは舌打ちする。
女性弁護士が、「これが新事実ですか。それで?」と馬鹿にしたような表情をするので、富田が「いや、これは、ほんの序章に過ぎません。こちら側に有力な証人が現れまして。」と笑うのを堪えるような表情で言い、「如月美里さんという方なんですが。」と続ける。
女性弁護士は、「はぁ? それって、あの写真の。関係のあった女性を証人にお立てになるんですか?どういう意味なんですか?」と訊き返す。
その時急に、イザベルは、顔を真っ赤にして立ち上がり、女性弁護士の腕を引っ張って、小声で「ちょっと、ちょっと。」と言いながら、その会議室から退席しようとしていた。そして、振り向きざまに、「ねぇ、どうやって買収したの?」と尋ねる。
「買収なんてしてねぇよ。愛だよ、愛。」と俺は言い返す。
富田が「そこまでにしておけ」という表情で俺がその先を話すのを制した。
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