冬こそ

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冬こそ

「やっぱり、冬こそアイス!」 幼稚園という初めての社会生活に馴染めず、園庭開放でも遊べず、憂鬱を持て余す5歳児を元気づけようと幼稚園の最寄の駅から電車に乗った。自宅の最寄りの駅までは一駅で、所要時間はたったの2分。そのわずかな時間のために切符を買い、改札を通り、ホームに降り立ち、目的の電車を待つ。その工程が彼にとってはわくわくの連続だった。 「ねぇ、かあちゃん。シソカワでアイス買ってもいい?」 シソカワというのは、最寄り駅のすぐ目の前にあるスーパーだった。1月。風は冷たく、凍てつく寒さに頬が凍える。時おり吹き付ける風が髪を舞い上げ、耳をも凍らせる。 「こんな寒いのに、アイス食べるの?お腹冷えるよ?」 「大丈夫!寒くないもん!」 どうしても食べたいと譲らないので、結局はこちらが折れるのだった。 頑固な5歳児が選んだのは、ソフトクリームの形をしたアイスだった。蓋を外し、クリームのてっぺんにかぷりとかじりつく。ひと口ずつ味わうように、ゆっくりと食べ進める。 「やっぱり、冬こそアイス!」 「え?なんで?こんな寒いのに?」 「だって、夏はすぐ溶けるやん」 と、憮然として言う。 「急いで食べへんと溶けてしまうやん。だからすぐになくなってしまうやん」 と、どこか悔しそうにアイスクリームを見つめながら呟く。 「けど、冬やったらゆっくり食べられる。すぐに溶けへんから、長く食べられるやん!」 そう言うと、嬉しそうにうっとりと食べかけのアイスを眺め、続きを味わうのだった。 そういう理屈だったのか。 単純にアイスが食べたいというのではなく、彼の中で冬はアイスを食べるのに理に適った季節だったのだ。 迷言ながらなかなかの名言ではないか! そんなことを思うのはきっと親バカなのだ。
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