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まだ高校生で、次期将軍の座など約束されていなかった明慶は他の候補たちと共に
将軍のお供として付いてきていた。
その白拍子の舞は、見る者の時間を止めてしまうほど優雅な動きをし
視線の流れに映ったものは一瞬で恋に落ちてしまうほどの色気があった。
当時の明慶は将軍の座というものに全くと言っていいほど頓着がなく
将来は学者にでもなろうかな、などと自分の引いている血の意味を深く理解しておらず
この連れてこられた会も、さほど興味をひくものではなかった。
「柳ヶ瀬、俺、おトイレ行くわ。舞の意味がわからん。」
あの頃から明慶は表情筋の動きが悪く、トイレ1つ行くにも機嫌を損ねた、と勘違い
されることが多かった。
将軍家が来場するところだ、警備も厳しく、ありんこすら侵入できない。
それでも柳ヶ瀬は側近として明慶の側を離れる事はせず、付いて行く。
「――だから言ったでしょう。鑑賞する前に必ずおしっこ行ってくださいって!」
そして当時からこうやって柳ヶ瀬に怒られていたのである。
「んなっ!おしっことか言うなよ!恥ずかしいっ!違うし、それじゃないし!」
「・・・えー、じゃでっかい方ですか?うわぁ、勘弁してくださいよ。」
「そっちでもないし!!やめてくれない?ホントに!」
そんな事を言い合いながらもトイレに向かって歩を進めていると
明慶が急に止まり、じっとどこかを見つめだした。
「―――どうしました?出ちゃったんですか?我慢できなかったんですかっ?」
「んばっ!バカッ違うって、あそ、あそこ!あそこに子供がいるんだけど。」
明慶が指さす方向を見てみると、そこには子供が白拍子の格好をしてウロウロと
歩いていたのだった。
広すぎるこの会場で、まだ小学生くらいの子供が迷子になってしまったのだろう。
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