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「僕はきちんとした発情期を迎えてない事は今真絹様が説明しましたよね?  つまり18歳にもなって、まだ子供が産めるのかどうかハッキリわかってな  いんです。明慶様、貴方は将軍です、つまりは徳川の血を残して行かなけれ  ばならない方なのです。」 芙蓉は感情を失くしてしまった美しい人形の様に淡々と語る。 反論したいことは山々なのに、明慶は何故か言葉が出てこない。 芙蓉の言っている事は正しい、非の打ちどころがないほど正しいのだ。 「何年かかるかもわからない賭けに出るよりも、確実な方法をとるべきだと  僕は言っているだけです。明慶様の妻になる事を拒んでいる訳ではございま  せん。あなたが僕のお相手だったという事もわかっています。  貴方の香りは特に甘くて惹きつけられてやまないのですから。」 絶望的な言葉と、自分を天にまで昇らせる言葉を交互に繰り出され、明慶は どう反応していいのか全く分からない。 家にある恋愛バイブルにはこんな難しい話はなかった。 「だが、わからないじゃないか。共に暮らし喜びも悲しみも共有できたら  君の身体も何かしら変化を起こす可能性だってあるじゃないか。」 縋る男などみっともない、と、明慶恋愛バイブルには書いてあった。 けれども、どんなことがあっても今、ここで引き下がるわけにはいかない。 芙蓉は明慶の言葉を聞いて、漸く柔らかく美しい笑みを浮かべた。 「…ありがとうございます、明慶様が僕のお相手で幸せです。あなたのその  素晴らしく深く広い懐はやはり次の世代にも引き継いで欲しい。  僕の分からない可能性に賭けないでください、お願いいたします。」 深々とお辞儀する芙蓉に、もう誰も声を掛ける事は出来なかった。 もちろん、明慶ですら何も言う事はできなかった。
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