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黒塗りのどでかい車が睡蓮の門の前に数台待機している。
ピッカピカのツヤッツヤで、ボディーを覗き込むと自分の顔が映る。
映画の中でなら見たことのある車が今目に前にあるのだが、芙蓉は触っていいものかどうか迷ってしまう。
触って指紋でも付けたら、運転手さんに怒られてしまうのではないか・・・
でも、触って感触を確かめてみたい。いいのか悪いのかどうしたらいいのかというこの感覚が芙蓉は意外にも大好きだった。
悪戯をする前の子供がワクワクする感じがいまだに堪らなかったりする。
「芙蓉?どうした?車は苦手なのか?乗り物酔いとかあるのか?」
立て続けに質問してくる明慶、自分の事を心配してくれているのがよくわかる
車は苦手でもないし、乗り物酔いもない。
「いいえ、大丈夫です。あの、ただ・・・。」
「ん?どうした?」
「ここ、触ってもいいですか?」
ここと指さした先は、フロント部分にあるエンブレム一帯だった。
明慶は彼が急にこんな事を言い出すので、正直驚いた。
目をキラキラさせ、新しいおもちゃに出会った子供の様な喜びようだ。
「あ、ああ、勿論!好きなだけ触っていいよ。」
明慶の許しが出たとたん、芙蓉は、はしゃぐようにフロント部分へと向かっていき、運転手にあれやこれやと質問し始めた。
興奮して頬が赤くなり、大きな瞳を更に大きくして驚いている。
グリル部分が特にお気に入りだったようで、何度も何度も触って楽しんでいた
明慶にとっては初めて見る芙蓉の意外な一面だったので、新鮮でそしてまた、
一生懸命に話を聞く姿が一層愛おしかった。
一通り触って堪能したのか明慶の元に戻ってきた時には軽く息が上がっていた
「ごめんなさい、時間取ってしまって。でも楽しかったです!僕こんな車
映画でしか見たことなかったので、つい触りたくなってしまって!」
こんなにも生き生きとして話す芙蓉を間近で見る事が出来るなんて。
明慶は今日ほど自分が使っている車を愛おしいと感じたことがなかった。
そして、毎日車をピカピカにしてくれている運転手さんに心底感謝し、彼の給料をアップできるように柳ヶ瀬にお願いしようと思った。
後部座席に乗り込んだ後も芙蓉はずっと車の事を聞いてきた。
今までで一番会話が弾み、自分達の距離が一気に縮まった気がした。
芙蓉は、乗り心地について、まるで空を飛んでいる様だとか、なんとも可愛らしい事をずっと言っていた。
明慶は車でこんなに喜んでくれるなら、今度二人でドライブにでも行こうかと密かに計画を立てた。
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