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セキュリティーが最も厳しかった扉の先には、ひときわ大きな空間があった。 そこには沢山の部屋のドアがあり、幾人も側室を迎えてきた場所であることを伺える。 「ここは側室の方々のお部屋が並んでおります。防音もしっかりなされて   おりますが、もし、お渡りがあるときはここにある電球が灯ります。」 柳ヶ瀬の説明通り、ドアの上部に小さな電球が付いていた。 昔からある伝統のなごりなのだろう、今のこの時代にはあり得ないが、お渡りを知らせるための装置などもあるのだ。 「―――例えば、側室の方々がこの部屋では足りなくなる、と言った場合  どうなるのですか?」 歴代の将軍はそれなりの側室を抱えてきた、それは歴史が物語っている。 1度のお手付き程度なら立派なお部屋は与えられなくとも、懐妊となれば話は変わってくる。 もしかしたら次期将軍の生母となり得るのだから、ぞんざいには扱えない。 「そうですね、昔と違って、誰彼構わずといった事は今はあり得ません。  部屋の数が足らなくなるほど、側室を迎える愚君など、将軍に選ばれる  ことなどないですから。」 側室を迎えるという事はそれなりに金額がかかってくる。沢山の側室を迎えれば財政を圧迫するなどわかりきっていること。 芙蓉は側室の為に用意されている部屋の数々を見て、この中に誰か一人でもいいから、明慶様を癒せる存在が現れて欲しいと思った。 「今、この側室域をお使いの方々は、全部で5名おられます。ですが、正式な  側室様ではないのでお部屋自体にまだ名はついておりません。」 柳ヶ瀬曰く、正式な側室になると、部屋自体に名前がつくのだそうだ。 「明慶様の将軍襲名式が終われば名をいただけるのでしょう?」 明慶の為に既に嫁いできたものもいるのだ、将軍となれば名も頂けるはず。 「―――それは、明慶様次第でございます。」 芙蓉は明慶を見上げた。彼の顔は何かを決意しているかのように硬く強い意志が感じ取れる眼差しだった。 子が成せるかどうかもわからない僕の為に、ここにいる側室の方々に大きな迷惑をかけてしまう。 芙蓉は小さな手を胸の辺りでグッと握りしめ、意を決したように明慶に向かっていった。 「明慶様、どうか、今ここにいらっしゃる方々に名をお与えください!  僕には可能性だけで、確信なんてないんです。お願いします!どうか!」 芙蓉の切実さはこの場にいる誰もが感じとっていた。 彼が言う事もわかる、特に彼は白拍子という特殊な家系の血を引いているが故に、後継ぎというものの大切さがよくわかっているのだ。 だが、明慶の決意も堅い。そして何より明慶の芙蓉に対する想いはそんな簡単なものでも、軽いものでもない。 「俺は――――側室はいらない。芙蓉、君だけが俺の妻だ。」
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