バレンタイン

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 どこかで聞いた噂だった。 「チョコレートに自分の一部を入れ、食べてもらえると思いが伝わる」  なんて恐ろしい呪いだと思ったけど、恋する乙女とは恐ろしい。聞いた時は「気持ち悪い!」なんて言ってたくせに、いざその時となれば躊躇せずに行動するんだから。  入れてしまった。チョコを刻むとき、少し包丁で指を切ってしまった。その傷を見た私は、傷の周りを思い切り絞ってチョコレートの入ったボウルに入れた。真っ赤な血はぽた、ぽたと何滴かだけ落ち、ゆっくり広がった。  あとはレシピ通りにチョコレートを溶かして混ぜて焼いて……。完成したブラウニーからは血液の匂いも何もなかった。  バレンタイン当日。カバンに忍ばせたブラウニーは、綺麗に箱に詰めて可愛らしい赤いリボンでとじてある。  先輩、食べてくれるかなぁ。思わず頬が緩んで、一日中誰かかれかに「いいことあったの?」なんて聞かれてしまった。  気が付けば日は沈みかけ影は伸びていた。慌てて2年生の下駄箱を確認する。よかった、先輩まだ帰ってないみたい。確認を終えた私は校門のところまで移動した。ここで待ち伏せして、先輩にチョコを渡してすぐ帰る。我ながらとてもいいアイデアだと思う。  友人には先に帰ってもらい、高鳴る旨を抑えて先輩を待つ。五分か十分たったころ、先輩が校門に近づいてきた。私はババッと校門の陰から身を出し、先輩にチョコを差し出す。 「あっ、あの! これ、先輩に! 食べてください!」 「え? あ、まって……」  用件だけ伝えると、恥ずかしくて先輩の顔も見ずに家まで走った。勢いよくドアを開けてすぐしめる。走ってきた疲労感と、緊張から解放されたという脱力感でその場にへたり込んだ。キッチンから来たお母さんには「制服が汚れるから座るならソファに座りなさい!」とお叱りを受けたけど。
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