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難しいことを言う時の彼はいつも微笑みを湛えていて、彼女はいつも見惚れる。
彼の考えていることは手に取れないけれども、隣に居る自分へ向けられた言葉だと思うと気持ちは満ちる。
そして、その後の自身の返事に、いつも彼女は落胆に眩れる。
返事をくれた彼女を愛おしみながら、彼は静かにブラックのブレンドコーヒーを啜った。
彼女の言葉なら、彼はなんだって嬉しい。
デートの合間にいつも寄る喫茶店でのひと時が、彼女は彼と過ごす時間の中で一番好きだ。
彼が醸し出す独特な時間の流れを一番感じ易く、彼女はそれに身を委ねている心地でふんわりと自分を包み込む。
ここでアフォガートを食べる時、溺れ過ぎないように、少しずつエスプレッソをかけていくのに、結局甘くとろんとしてしまい、最後まで食べられない。いくら彼女が甘党とはいえ、飲むのには甘過ぎた。掬って少しずつ口に運ぶが、いつも諦める。
彼はいつも彼の持つ言葉だけを紡いで彼女を愛おしく見つめる。
察しづらいだろう言葉で彼女に気持ちを投げかけても、彼女はきちんと聴いてくれていて、応えてくれる。
それが如何に彼にとって幸せなことか、彼女は知らないかもしれない。
単純な言葉が彼の胸に心地良さを運ぶ。
彼女は単純に生きることを好む。単純に彼が好きだと思ったから隣に居て、彼の時の流れに身を任せる。
けれども、いつも落胆は付いて回る。彼が本当に欲しい言葉で彼に応えられない自分に、最後は暮れる。
本当に彼の隣に自分の居場所があるのか悩み続けて随分経つが、答えが見つからなければ、止まない不安が怖くなってきた。
この喫茶店に居る間は、そんなことを感じずにうっとりと過ごせる。隣に居てほしいと彼女に言った彼の隣に自分が居るという柔らかな感触だけを得ることが出来る。
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