病院

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何か聞こえた。和歌が口を動かしたように見えた。ビニールの管のついたマスクをしているので、何をいったのかわからなかった。 「和歌?気がついたの、なんていったの、ハゲ」 「…じゃない…」 意識が戻った。何か話している。何を伝えようとしているんだ。うまく聞き取れない。 「ハゲ…じゃない…たんだ…」 「ハゲじゃない?…いやいや、全然ハゲてますよ。こんな綺麗なハゲ頭は、瀬戸内寂照以来ですよ」 和歌がゆっくりと上半身を起こした。まーちゃんに向かって大きな声で叫んだ。 「私はハゲじゃない。これは手術で剃られたんだ…」そう言ってまたゆっくり倒れ込んだ。 ハアハアと苦しそうに息をしているが、意識はしっかりとしている。 「ちょっと、皆さん一回出ましょうか?」 医師が俺たちを病室から出した。俺とまーちゃんはソファに並んで座った。 「意識がもどったね。先生」 彼女は目に涙をいっぱいためていった。 「そうだね。よかった。といあえず一安心だ」 俺は内心一安心どころではなかった。大安堵といってもいいぐらい、彼女が喋ったことが嬉しかった。 「ハゲって…何?」 「別になんでもないよ。そんな漫画を読んだような記憶があって」 「病人にハゲって叫ぶ漫画?」 「そう。彼女黒くて長い髪が自慢だったから」 自慢の黒髪がなくなったことを、彼女は悲しむだろうか。でもまた、生えるだろう。生きていればまたすぐに。 医師が病室から出てきた。 「無事意識が戻りました。ひと安心です。脳波も脈も安定しています。一般の個室に移しましょう」 和歌は病室を移された。眠っているみたいだった。俺たちも和歌の病室に移った。カードを入れてみるテレビと冷蔵庫があった。あと洗面台。細長いクローゼットのようなロッカーがあって、大きな窓から外の景色が見渡せた。 名前の知らない山々が雪を被り真っ白になっている。スキーリゾートの方向を向いているのだろうか。 「お腹すいてない?お昼どうする?」俺はまーちゃんに聞いた。 「和歌が起きた時に誰もいなかったら、かわいそうだから私ここにいます」 「じゃあ売店かコンビニで何か買ってくるよ」俺は弁当か何か食べ物と飲み物を買いに外に出た。
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