トマム

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俺たちはホテルでレンタルの機材やウェア、初心者向けのスキー教室の予約をして、スキー場に向かった。 コーチは優しく丁寧に教えてくれたが、いかんせん運動神経が鈍いので何度も転んだ。初心者コースなのでそんなにスピードが出てないので、転んでも怪我らしい怪我はしなかった。地味に痛い。 和歌は本当に初心者なんだろうかと思うほど、サクサクと上達していき、俺は置いてけぼりをくらったような気分になった。 「上手じゃないか。初心者って言ってたのに」俺は恨み言を言った。 「いやコーチが素敵で優しいから、つい張り切っちゃって、えへへ」 彼女は満面の笑みを浮かべた。 「俺はその辺で転んでおくから、コーチに愛想ふりまけばいいじゃん」俺はふてくされた。 「冗談ですよ、先生。怒っちゃダメ。一緒にうまくなりましょう」彼女が楽しげな笑顔で、俺に顔を近づけた。太陽のような笑顔だった。 スクールが終わって、機材やウェアを返した。ホテルの部屋に戻って、ソファに並んで座った。 「どうでしたスキー?」 「まあまあかな。でもまたやろうとは思わないね」 「どうしてですか?」 「苦手なことは避けて通るタイプなんだ。無謀なチャレンジで無為な時間を過ごしたくない」 「カリスマ作詞家とは思えないお言葉ですね」 「俺はカリスマじゃないさ。ただの変なおじさんだよ。君やみんなのあれやこれやで、持ち上げられているだけさ」 彼女がソファをたち窓際に歩いて行った。ゆっくりと何か考えているのだろうか。窓の景色を見ているようだった。山の端に陽が沈む。逆光で彼女の表情が見えない。 「先生、屋上階で食事しません。とってもロマンティックだと思うんです」彼女の言い方はとてもソフトで何か含んだものがあるとは思えなかった。おれもソファを立った。 「ああ、そうだな。それがいい」
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