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本格フレンチが味わえるレストランだった。
俺は少し服がカジュアルすぎないかとドキドキしたが、宿泊客を追い返すようなこともないだろうと、彼女が言うのでとりあえずきてみた。
彼女はきた時の服と違って何かしらワンピース的なものをきて少しカーデガンをはおい、髪型も少し変えていた。これがT・P・Oってやつなのだろうか。
よくわからないので店員のおすすめのコースを二つ頼んだ。
「飲み物は?」店員が聞く。
「俺はギムレット。和歌は?」
「私はシャンパンを」
店員はなんの疑問もはさまず、けげんそうな顔すら浮かべず頷いて立ち去った。
「思いがけず親戚の法事にきて振る舞いがわからない小学生の気分だ」俺は和歌に打ち明けた。
「綺麗どころの役はわたくしが担当しますんで、のんびりくつろいで、ギムレットでもドライマティーニでもお飲みになってください」
たしかに綺麗だった。美人とかではないのだが、ちらほらくる男性客の8割が彼女を盗み見する。
「みんなが君を盗み見てる」
「じゃあ、俺の女にちょっかい出すんじゃねえぞ的な、視線を送ってやってください」
彼女はすらりとした指を使ってグラスを持ちシャンパンに口をつけた。
「場慣れしてるんだ」
「いいえ、そんなことはないですよ。でも、これでも女優なんで自分を表に出さないことに慣れてます」
「ギムレットとシャンパンを頼んで、店員がツッコミもしないで、不思議そうな顔もしないなんて、世の中どうかしてると思わないか」
「みんながチャンドラーの小説を読んでるわけじゃないでしょうから。なんなら先生、君の瞳に乾杯っておっしゃってくれても、いいんですよ」
俺は静かに首を振った。ボギーの真似なんかしたら、末代まで笑われるだろう。
料理が滞りなく、運ばれてきた。俺は場の雰囲気を壊さないようなるべく黙っていようとしたが、彼女が洒落た会話を投げかけてくるので「ああ」とか「そうだね」とかいい加減な返事をしてやり過ごした。
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