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第26話 半分、ドラゴン
それは我が娘、ミコトが生まれて五日後の事だった…。
きゃっきゃっ…。
まだ朝と呼ぶには早い時刻…子供のはしゃぐ声とドタバタと走り回る足音がする…。
何だ何だ、マーニャの奴、何でこんな時間に走り回ってるんだ?
薄暗い中、眠い目を擦り首だけ起こしてみると、丁度通りかかったピンクの髪の三歳くらいの少女と目があった。
一体どこの子だ?何でこんな人里離れたこんな洞窟にいる?しかも何で全裸!?
次の瞬間、何を思ったかそのピンク髪の少女は俺のベッド目がけて駆け出し、ジャンプ、俺の腹の上に飛び乗って来たではないか。
「グエッ…!!」
腹に衝撃を喰らって思わず呻く…そして乗っかて来た少女の顔をまじまじと見つめた。
この子、ミコトじゃないか!?額の左右にある小さな角と尻尾が正体を教えてくれている。
「そんな…昨日まではまだ赤ん坊だったじゃないか…」
あり得ない成長速度だ…とても人間のものでは無い。
本当にこの成長が一夜にして起こったのなら、この子はやはりドラゴンの血を色濃く引いているのは間違いない。
「きゃう~きゃおおん~」
ミコトは頻りに何かを俺に訴えているがさっぱり分からない…子供のおしゃべりというよりはどちらかというと俺達ドラゴンの子供の頃の鳴き声に似ている気がする。
「まだ朝は早いんだ、パパと一緒に寝るか?」
「きゅううん…」
ミコトは甘えた声を上げ布団の中に潜り込んで来る。
異常事態ではあるが無理に今みんなを起こすこともあるまい…。
俺はミコトと共に二度寝を敢行することにした。
朝…。
「ちょっと!!起きてリュウジ!!」
「あ~~~?何だ朝から騒がしいな…」
「ミコトが…ミコトが何処にもいないの!!」
「なんだ、その事か…ミコトなら俺の横で寝てるぜ?」
俺は布団をはぐって見せる…するとそこにはどう見ても十代前半の全裸の少女が寝ていた。
「あ…れ…?」
「これは一体どういう事かしら…?娘が行方不明の時によその女を連れ込んで…」
俺の心の目には角を生やし怒りに顔を歪ませたリアンヌが見える…。
「いや、誤解だ!!この子はミコトだよ!!ほら、この頭の角を見ろ!!」
「嘘を吐くならもっとましな嘘を吐けーーーーー!!このロリコンがーーー!!」
…すったもんだの後、リアンヌの誤解を完全に解くまでに一時間を要した。
「まさか本当にミコトだったなんて…今でも信じられない…」
マーニャと二人、床で積み木遊びをしているミコトを見ながら放心状態のリアンヌ。
「朝早くに俺の所に来た時はまだ三歳児くらいの大きさだったんだ…まさかものの三時間くらいの間にここまで成長するとは…」
いくらなんでもこの成長速度は異常だ、ドラゴンでもこんなに急成長はしない…。
それに身体は急成長しても精神年齢が追い付いていない…これは色んな意味で都合が悪い…。
常識や倫理観、物の良し悪しが分からない内に身体能力や魔力が増大していくと何をしでかすか分からない…最悪の事態に繋がり兼ねないのだ。
これは情操教育が必要だ…今の内から少しづつ良識を教え込んでいこう。
「むかしむかしある国にとても綺麗なお姫様がいました…」
まずは言葉を教え込まなければ…俺もリアンヌの協力の元、これまでの数か月で文字を大方読める様になっていたのでミコトに絵本を読んであげることにしたのだ。
言葉が理解出来なくても読み聞かせることで学習効果はあるはずだ。
「お姫様はとても優しく、国中のみんなにとても慕われていました…」
「ねぇねぇ、したわれる…ってどういう事?」
「ああ、好かれるって事だよ…だからこの場合は国の人はお姫様が大好きって事だ」
「ふーーん…うん、マーニャ分かった!!」
ミコトだけに聞かせるのもなんなのでマーニャにも一緒に読み聞かせている。
言葉に疑問を持ってもらえればそれに意味を教える…これが学習の入り口だ。
これはマーニャにも良い影響がありそうで我ながらいい考えだと思う。
「きゃおおおっ…!!」
ミコトが絵本に手を伸ばしてきた…おっ、早速絵本に興味が?これは良い傾向…って、ええっ!?
ミコトが絵本のページを乱暴に捲り、破ってしまった…そして俺から奪い取った絵本に今度は噛り付いてしまったではないか。
「あちゃ~~~~っ…」
「きゅああっ…!?」
俺は目を覆った…ミコトにはまだ早かったか。
よし、それならまず座学より身体を使った教育からにするか…。
「まずはマーニャからだ、このボールを足で蹴りながら進み、あそこにある気の棒が立っている所で折り返してここまで戻ってくるんだ」
「へぇ~面白そう、やってみるね!!」
要はサッカーのドリブル練習だな…身体を鍛えるとともに、決められたルールーに則って行動する事を学ばせる作戦だ。
「よっ…ほっ…難しいね…」
「よし、上手いぞマーニャ!!もう少しで折り返しだ…って、ええっ!?」
ミコトがマーニャの蹴ったボールに反応し、四つん這いで追いかけて行った。
そのスピードの速い事、まるで犬のようだった。
そしてマーニャからボールを奪い取ると、今度は猫の様に寝転がりながらボールで手遊びを始めたではないか。
「きゅううん…!!」
なんと幸せそうな顔をしてるんだ、まるで動物だな…しかしこれでは駄目だ、何とか普通の人間並みの生活が出来るまでに育てなければ…。
しかしどうすれば…俺は頭を抱えた。
「…そんなに焦る必要ないんじゃないかしら? なんだかんだでミコトはまだ生後五日なのよ?」
遊び疲れて眠るミコトを膝枕し、優しく頭を撫でながらリアンヌが言う。
「それはそうだけど…心配なんだよ俺は…もしかしたらお前たちに危害を加えるかも知れないんだぞ?」
ふとドラゴのことが頭を過る…意志の疎通が可能な相手ですらあんな惨劇が起ってしまうのだ…俺はあんな思いをするのはもう御免だ。
「ミコトはあなたと私の子でしょう?そんな事ある訳ないじゃない…それともあなたは自分の子であるミコトを信じてないの?」
「そんな事は…無いけど…」
「なら暫くこのまま見守ってみない?何か起きたならその時対処しましょう?」
凄いなリアンヌは…これが母親の余裕なのか。
俺と来たら自分の特殊な生い立ちの経験上、いつも最悪な状況を想定してまう癖がついてしまっている。
ミコトの潜在能力は未知数だが、俺達が見守ってさえいれば大事になる事も無いだろう。
「分かった…リアンヌの言う通りにしよう」
それから暫くは相変わらずの野生児っぷりを発揮するミコトであったが、十日が立つ頃、片言ではあるが言葉を話し始め、言いつけなども守るようになっていった…今や身体の発育が逆転してしまったマーニャがお姉さん風を吹かせる場面などもあって、ミコトは健やかに身も心も成長していった。
そして一年後…。
すっかり成長して、見た目は十代後半になったミコトは美しい娘になっていた。
ピンクのセミロングの髪につぶらな青い瞳、豊満な胸、背中からはドラゴン特有の骨ばった翼が生え、尻尾も地面に着くくらい長くなった。
「ねえパパ、そろそろアタシも狩りに連れてってよ、きっと役に立つからさ…」
「そうだな、もういい頃合いかもしれないな…よし、ついて来いミコト、狩りの仕方を教えてやるよ」
「わあっ…ありがとうパパ!!」
目を輝かせるミコト。
「ずるーーーい!!まだ私は一度もパパに狩りに連れて行ってもらった事無いのに!!」
「仕方ないだろうマーニャ…お前はまだ身体が育ってないんだから…」
「でもでも!!」
「それならこうしよう、マーニャがミコトくらいの背丈になったら狩りに連れて行くという事でどうだ?」
「え~~~~っ!?それじゃあ何年後になるか分からないじゃない!!」
憤懣やるかたないマーニャ。
「大丈夫よマーニャ姉さん、姉さんが狩りに参加しなくてもアタシがいっぱい獲物を捕ってくるから」
言う様になったなミコトも…。
「まあそういう事だ、ママとお留守番頼むぞマーニャ」
「ブーーーーーッ…」
相変わらず気に入らない事があるとブタみたいな顔をする癖は治っていないんだなマーニャは。
俺は愛娘と一緒に狩りが出来る事の喜びを噛みしめ、ミコトと森に出かけるのだった。
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