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第31話 ドラゴンが望む永遠
アタイらは芝生の上に車座になって座った。
「要するにあんたらは自分たちの兄弟であるリュウジ…って言ったっけ?あのブルードラゴンを助けたくてアタイに協力して欲しいと…そういう事でいいんだよな?」
「はい、情けない事に僕らではリュウジを説得出来なくて…ここは第三者であり人間に対して発言力のあるライラさんに力を貸して欲しいのです…」
「アタイに人間側を説得して討伐をやめさせろと…」
「はい、是非そうして頂きたい…」
妙な事になった…そもそもアタイはこの森に住まう凶悪なブルードラゴンの討伐を請け負ったはずだったんだが、いつのまにか交渉役になってしまっている。
「正直難しいと思うぜ? 仮にあんたらドラゴン側の言い分が全面的に正しかったとして、実際に人間が襲われている訳だし…人間側が先に手を出したと言った所で感情で動き出してしまった人間側を止める事は出来ないだろう…」
「そんな…あいつは、リュウジは根は優しい奴なんです…いつも俺達兄弟の仲を取り持ってくれたり、地上に降りてからも極力人間に迷惑が掛からない様に過ごそうとしていたんです…ただあいつは正義感が強すぎて、弱い者を脅かす存在を許せなかった…
あいつは優しい世界を創るのが目標だった…それはドラゴンや人間、種族なんて関係なく平等に生きていける、弱き者が理不尽に虐げられる事のない世界を…」
「そうは言われてもね…人間には人間の考え方や宗教観、風習があるからな…
独自の達観した視点を持つドラゴンに口出しされたくないって思う奴もきっといる…その思想自体は素晴らしい事だと思うけどね…人間にはまだ早すぎるんだよ…
今更だがあんたの弟、リュウジは人間の前に出るべきでは無かったな」
「何よ!!さっきから聞いてれば言いたい事ばかり!!
リュウジ兄さんのこと何も知らないくせに!!
やっぱり人間なんて当てにならないのよ!! 自分勝手で傲慢で…」
リュウイチの妹、ドラミが立ち上がり物凄い剣幕でアタイに食って掛かって来た。
「ドラミ…止めないか…」
「だってこの女が…」
まだ何か言いたげなドラミだったが、リュウイチに制止され再び座り込む。
「済みません…妹が失礼を…」
「いいっていいって、こういう場ではお互い思った事をぶちまけた方がいいんだよ…折角だからアタイも言わせてもらうが、ドラミさん…だっけ?
あんたが倒した人間だってそいつらの仲間からしたらやった奴に怒りの感情を向けるだろう…あんたもリュウジと同じことをしてしまっている事に気付いてるかい?」
「言っとくけど私はあいつらを殺して無いですからね?あいつらは私の電撃で気絶しているだけ…
さっきはあんなこといったけど、私に殺すつもりなんて無いんだから…」
その割には凄い迫力だったが…。
地面に倒れている竜滅隊の隊員たちは両手両足を縛られて放置されていた。
「生き死には関係ないんだよ、あんたが人間に手を出した事実が問題なんだ」
「それは…あいつらがリュウジ兄さんの家族に手を上げようとするから…」
ドラミの視線の先には三人の女性が寝かされていた…一人はギリギリ大人であろう若い女性、二人目は十代前半の女の子、もう一人は十代後半の見た目だが何かがおかしい…頭には二本の角、それに尻尾、背中に隠れているあれは翼だろうか?
「…彼女たちは?」
「リュウジの家族ですよ…奥さんのリアンヌさん、養女で長女のマーニャちゃん、そして次女のミコトちゃんです…リュウジが彼女らを魔法で眠らせ船に乗せてここまで寄越したんです、戦禍に巻き込みたくないからと…」
なるほど、川縁には人が三~四人ほどが乗れる小舟があった。
「なあ、このミコトって子は…」
「ええ、竜人ですよ…母親のリアンヌさんは人間ですから…」
そうだったのか…リュウイチたちの説明に、リュウジが女性を助けるためにゲトー村を滅ぼしたと言ってたが、これで合点がいく。
愛する人、家族が何よりも大事なのは人間もドラゴンも一緒なのだ。
冒険者なんかをやっていると亜人はたまに見かける事がある、その殆どがあまり人目に付かない僻地の村などに住んでいる。
そんな中には冒険者をやっている者もいるがかなり特殊な部類だ…そして竜人を見たのはアタイも初めてだった。
ドラゴン族であるリュウジが人間と愛し合った証拠がそこにはあった。
リュウイチの言う通りリュウジは完全な人間の敵対者ではないのは間違いないだろう。
二つの勢力間で何かトラブルがあった場合、一方の言い分だけを鵜呑みにしてはいけないとよく言う…こと、人間とモンスターとの衝突では人間がモンスターの言い分を聞ける事など本来はありえない…いや、聞く耳を持つものなどいないと言っていい。
元々の倫理観と価値観、精神性などが違う為に起こったいざこざは仮に人間同士であったとしても簡単には解決しない…これは人間の歴史が雄弁に物語っている。
但し今回はモンスター側が話の出来る存在であったから今の様な状況になっているとても珍しいケースということだ。
「ぶっちゃけると、この話を切り出して来たのがイーロン、じゃなかったリュウイチだっけ…人柄を知ってるお前だからアタイは信じる事が出来た…もし突然現れた奴に今とおんなじことを言われてもアタイは信じなかったろうね…人間なんて所詮そんなもんなんだよ」
そりゃあ中には友好的に聞いてくれる人間もいるだろうが、それはごく少数だろう、長年刷り込まれた偏見と先入観はそう簡単に覆せないからだ。
とかく集団心理で動く人間に周りとの同調を乱そうと考える者は少ない…それが仮に間違っていたとしても…。
しかし彼らの話を聞いてしまった今、心が揺らいでいるのは事実…何とかしてやりたい気持ちはアタイにだってある。
「なあリュウイチ、一つだけ聞いておきたいんだがいいか?」
「なんですか?」
「あんた、リュウジがこの戦いにどう幕を引くのか聞いているかい?
或いはどうなるのが彼の望む最良の結末なのか…」
「それは………」
リュウイチが言い淀む…そして何かを悟り顔が青ざめていく。。
「そうだろうな、家族をこんな方法で兄妹に託す以上、リュウジが胸の内を話していたとは到底思えない…」
「それはどういう事!?」
「分からないかいドラミさん? リュウジは…あんたの兄さんは自分一人で全ての罪を背負って死ぬつもりなのさ…」
「ええっ…!?」
ドラミが驚きの声を上げる…既に気付いていたリュウイチの表情も険しいものになっていた。
「…それは本当ですか…?」
少女の声がする…その方向へ視線を移すと、さっきまで眠っていた竜人の少女がそこに立っているではないか。
「ミコトちゃん、目が覚めたのかい…?」
「教えてくださいリュウイチおじさん、パパが死ぬって本当なんですか?」
「それは…その…」
ミコトの只ならぬ迫力に押されリュウイチは返事を返す事が出来ない。
こんな事、身内から娘に聞かせるのは酷と言うものだ、アタイから説明するよ。
「初めましてだなミコトちゃん、アタイはライラってしがない冒険者さ…
今の話はアタイの憶測でしかないんだが、信憑性は高いと思うんだ…」
「どうしてですか?」
「もしリュウジが自らも生き残る意思があるなら一人で森には残らないからだ…
リュウジもリュウイチたちみたいに人間の姿になれるのだろう?
なら人に化けてこの船であんたたちと一緒に船でここまで逃げて来ている筈だ」
「…そうですね」
そっと目を伏せるミコト…何だか罪悪感が募るな、しかしここまで話してしまったんだ、責任を持って最後まで言うことにする…多分ここにいる大半の者に嫌われることになるかも知れないが。
「ただもう一つの可能性も考えられる…それは全力を以て襲い来る人間を皆殺しにする事だ…」
「パパはそんな事絶対しない!!」
「本当にそう言い切れるのかい? あんたは知らないかもしれないが、あんたのパパは昔、村を一つ水没させ多くの人間の命を奪った事があるんだぞ?
関係のない人間も一緒にね!!」
「ライラさん!!その言い方はあまりに酷過ぎます!!」
リュウイチ悪いね、分かっていてやっている…アタイはこの子の意見が聞きたいんだ…心からの声ってやつを…。
「パパは絶対そんな事しない!! あれはあたしが悪いの!! パパの言う事を聞かないで猟師に近付いたから… あたしのパパは世界一やさしいパパなんだからーーーー!!!」
ミコトがアタイに飛び掛かりしがみ付いて来た。
彼女の頬を大粒の涙がポロポロと伝う…この子は父親であるリュウジの事が本当に大好きなのだろう。
こんな健気な子を育てたドラゴンが悪い奴の筈がない…このまま死なせちまったらミコトが可哀想だ。
「そうか、よく話してくれたね…ならあんたのパパを信じてあげなきゃな…これからこのライラお姉さんはあんたのパパに会いに行く…そして話しをしてこんな誰も幸せにならない事はさっさと終わらせてくるよ!!」
「本当…!?」
「ああ本当だ…」
ミコトの頭を出来るだけ優しく撫でる…こういうのはアタイのキャラじゃないので加減が難しいな…。
「ありがとうございますライラさん…では我々もお供をしましょう」
「いや、リュウイチとドラミさんは来ないでくれるか?」
「何でよ!?」
「あんたらが一緒に来たらリュウジは本心を口にしないかもしれない…ここは逆に敵対関係にある人間のアタイらの方が向いてる場合があるもんさ…なあメグ」
「えっ!?私もいくんですか!?」
「何驚いてるんだよ、あったりまえだろ!?相手はドラゴンだぞ…あんたの防御魔法が必要なんだよ」
「ぐすん…分かりました~~~」
メグよ…気持ちは分からんでもないがそんなに露骨に嫌そうな顔をするなよ。
魔法の素質と知識は人一倍ある癖に実戦となると途端に及び腰になるのは何とかならないのか…。
「アタシも行く…」
ミコトがこちらを睨みつけている…大して怖くはないが物凄い意志の力を感じる。
「オイオイお嬢ちゃん、遠足に行くんじゃないんだ…どんな危険があるか分からないんだぞ?」
「あたしが一緒ならパパは絶対にあなた達を攻撃してこない筈よ…だからあたしも一緒に連れてって!!」
確かに一理あるが、森の中には竜滅隊や他の冒険者の連中もいる…やっぱり子供を連れて歩く訳には…。
「それならやはり僕も行くべきでしょう…姪であるミコトは僕が守りますから」
「う~ん…分かったよ、リュウジに会う直前までだぞ?」
「分かってますって、ドラミ…リアンヌさんとマーニャちゃんを頼むよ」
「はぁ…分かりました、気を付けて行って来るのよ」
こうしてアタイらはブルードラゴン、リュウジの待つ森の最深部を目指して足を踏み入れた。
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