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どんっ!
竹井健一の背中に40キロ弱の柔らかい圧力がかかった。
「おあよぉ~、せんせえ~」
植野弥生の甘えたような声に振り返りもせず健一は板書を続けた。
「今日も、きっかり30分の遅刻ですね。植野さん」
弥生は健一が初めて担任をしたクラスの問題児だ。
毎日絶対に9時に登校してきて、自分の席に着く前に健一の背中にもたれかかって小休止するのが彼女のルーティーンとなっている。
偏差値の高い学校なので、周囲の生徒たちは彼女の奇行を気にもとめていない様子で授業に集中している。
「今日は特別に眠いのだぁー」
いつもなら2,3秒で自分の席に戻るのだが、その日の弥生は振り返らない健一にしつこくまとわりついてきた。
「やめなさい!」
健一は振り返って、弥生を振り払おうとした。
その瞬間、狙ったわけではないのだが健一の手が弥生の胸に思い切り触れた。
『しまった』と思った瞬間、最前列の男子生徒が「おお」と呟いた。
弥生は一瞬にして目が覚めた。というような表情をした後、急に笑い出した。
「あーあ。先生にセクハラされちゃった~」
弥生は言いながら席に戻っていった。
他の生徒たちは特に騒ぎ立てるわけでもなく、相変わらず板書に余念がない。
前任校の工業高校ならもっと大きな騒ぎになっているだろうな、と健一は思った。
ほっと安堵する反面、弥生以外の生徒たちの反応が物足りなくもあった。
その日の放課後、健一は校長に呼び出された。
「君のクラスの生徒の保護者からね・・・」
そこからの展開は早かった。
クラスの生徒の保護者からセクハラ教師が担任なのは耐えられないなどという連絡があったらしい。
今の時代のSNSの伝達の速さを恨むばかりだ。娘や息子のコメントをいちいちチェックする親たちが多すぎる。
弁解するのも面倒なので健一はとっとと荷物をまとめて出ていくことにした。
まあ、俺の人生こんなもんだよな。と健一は思いながら歩いた。
教師を目指したら、簡単に就職ができた。人生楽勝だと思った。
いざ授業を始めたらクレームが続出した。人生辛いなと思った。
新しい高校では寡黙な教師を演じた。女子生徒から人気が出て、またまた人生をなめた。
そしたら、こうなった。
本当に分かりやすい山と谷の繰り返しだ。
健一は心中自嘲笑いするよりなかった。
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