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ざあと木々が音を立てて揺れ、生暖かい風が頬を撫でていった。
「婚約者…?」
何も考えられず、ただムスタファの言葉を繰り返した。
「正確には候補ですが。ジャーミアは俺の正妃になるようにと、幼少期より後宮で厳しい教育をされてきた女性です」
シオンはぼんやりとした頭のどこかでそうだったのかと納得した。
思えばジャーミアは不思議な女性だった。プリムラに文字を教えられる程教養に長けており、とても侍女とは思えぬほどに立ち振る舞いが優雅だ。そしてあそこまでの美貌ならば後宮入りをするのはむしろ当然のことだろう。
「義母であるアイシャ妃様が決められただけです、俺は元より彼女を娶るつもりはなかった」
しかし、ムスタファはそんなジャーミアではなくハイドと結婚をしている。
シオンの中で何かが波立った。
「彼女は裏切られた悲しみに飲み込まれ、病んでしまった。それを俺の部下であった男に利用され、結果的に後宮中を巻き込む大きな罪を犯すことになりました。そして後宮を追放されハイドの侍女に下ろされて、今に至るわけです」
「殿下が滞在中に負傷をなされたという件は、もしや…」
「彼女が手をあげたわけではありませんが、関わってはおります」
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