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シオンは自分の腹の底から、ある感情がふつふつと沸き上がってくるのを感じていた。
ジャーミアが罪を犯したのも。体に消えない傷が残ったのも。今尚それで苦しんでいるのも。
元となった全ての原因はお前じゃないか。そう思わずにはいられなかった。
「貴方は…一人の女の人生を潰したのですか」
つい非難めいた言葉が口から漏れた。
ムスタファは表情を変えることもなくただ淡々と言った。
「そうです」
拳に力が入る。
ぐちゃぐちゃに踏みつぶされた挙句、愛した男が自分以外の相手と幸せになる姿を傍で見ていなくてはいけないのか。
シオンは白くなったその手を更に強く握りしめた。
「貴方のことを、今でも愛しているんだぞ…!」
「俺がジャーミアを愛することは無い」
この先一生、彼女の前でずっと別の人間を愛し続ける。
「っ!」
その言葉を皮切りに、今まで溜め込んでいた感情が濁流のようになってシオンの理性を押し流した。
振り下ろした拳に痛みが走り、雪花石膏の柱に赤い血が飛び散った。
床に倒れ込んだムスタファを見て、シオンはそこでようやく自分がこの少年を殴りつけたのだと理解した。
相手は大国の王族。故国の王子ハイドランジアの夫になった今、エスタシオ王国はこの少年の手の内にあるといっても過言ではない。
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