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そんなことはもはや怒りにかき消されていた。
「お前に…お前のような奴に…何がわかる…!?」
ジャーミアがムスタファを愛していると知った時、シオンは苦しかった。
焦がれるほど愛した相手の心に入ることすらも出来ない絶望が。何の力になることも出来ない足からぼろぼろに砕けていくような虚しさが。
胸を握り潰されるようなあの辛さを、ジャーミアはずっと味わい続けているのだ。
あの優しい笑顔の下に全てを押し込めて。
「そんな仕打ちをする、お前が許せない…!」
こんな男に心を囚われるのは不幸だ。
シオンはムスタファに跨ると胸倉を掴みあげて、声を張り上げた。
「何故彼女を自由にしてやらない!?」
「ジャーミア自身が自由になることを拒んでいるから」
ぴたり、と再び振り上げかけた拳が宙で止まった。
ジャーミア自身が拒んでいる?
「彼女は奴隷の出だった、体も心も散々傷つけられて生きてきた。信じていたこの俺にさえ傷つけられた」
シオンはムスタファの口が動くのをただ茫然と見ていた。
「これ以上誰かを愛して傷つくことが怖いのです。だから踏み出せない、そしてそれは貴方も同じでしょう」
ざくりと斬り込まれた気分だった。
斬られた隙間から入り込んだ声が、隠していた弱さを明るみへと引き抜く。
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