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「そのことじゃないのよ。成績――そういえば下がっていたっけ?」  篠原先生は机に向き直ると、日誌を横に押しやり、楽譜やプリントが乱雑に積み重なった机の上をかき回した。 (……汚い机)  かわいげがあって少しおっちょこちょいで気立ての優しい人気者――ずっとそのキャラクター設定でやってきたのだろう。子供の頃から。ならばこの恐ろしいほどの散らかし具合も設定のうちなのだろうか。  混乱をきわめていく机上を横目で眺めながら、あたしは頭をフル回転させて記憶をたどっていた。成績のことじゃないとすると一体なんのために呼び出されたのか。隙なく品行方正にやってきたはずなのに。  篠原先生は、ようやく混沌の中から一冊のファイルを見つけ出した。おおざっぱな手つきでばさばさとめくってゆく。 「結城詩織さん結城詩織さん……。あったあった。ああ、たしかに前回よりも順位が下がっているわね。でもこの程度ならそんなに気にすることはないわ。他の子達が伸びてきてるから順位は少し下がってるけど、あなた自身の成績が落ちてるわけじゃないもの。あなたなら、このまま続けていけばきっと夏休み明けに一気に伸びるわよ」  あたしは呆れかえって担任を見やる。何を根拠に言っているのだ。  彼女は教師の中では若いほうで、生徒からは友達みたいで親しみやすいと人気がある。でもあたしには、外面(そとづら)良く愛嬌を振りまくことで自分の無能を甘く見て貰おうという下心にしか思えなかった。  能力がないのは仕方がない。誰でも得手不得手はある。だがそれを、子供に()びを売るというかたちで誤魔化しているのが許せなかった。自分の無能を認め、向き合い、正す努力をすべきなのに。それを放棄しているなんて。お給料という報酬をもらっているのだから、それ相当のものを返さねばならないはずではないのか? (あたしはぜったいにこうゆう大人にはならない……)  篠原先生はちらっとこっちに目を馳せた。 「結城さんは予備校には通わないの?」 「……集団で勉強するのが苦手なので」 「そう……。結城さんほどできる人が、もったいないわね」  担任は曖昧に笑う。  うちの高校は偏差値がそこそこ高く、そこそこの大学に進学予定の生徒ばかりで、クラスのほぼ全員が予備校に通っている。  予備校に通ってないのは落ちこぼれて自暴自棄になっている連中と、あたしくらいだった。  うちが母子家庭で経済的に余裕がないから――この教師はそう思っているのだろう。だがそのせいでは決してない。あたし自身が勉強なんかにお金を使いたくないと思っているからだ。  無駄な時間をなくし、全身全霊で取り組めば、成績はいくらでも伸びる。勉強はあくまでより良い将来を勝ち取るための手段なんだから。手段にお金をかけるなんてもったいない。実際、予備校に通わなくてもあたしの成績は全国でもトップクラスで、全国統一模擬試験の成績優秀者リストには常に名前が載っている。勉強はすればするだけ結果として返ってくるのだ。  そう思って頑張ってきた。――なのに、高校三年の夏休み直前という受験の山場にきて話が違ってきた。成績の伸びがぴたりと止まってしまった。 それであたしは、担任に呼び出されたと思ったのだ。 「それで話っていうのはね。その髪の毛のことなのよ」
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