第1章。

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ついに僕たちは住処を失った。 ご近所からの苦情と、家賃滞納で法的処置を取られたのだ。 あんなに優しかった大家さんが、まるで別人のようだった。 僕たちは持てるだけの荷物を手にアパートを後にした。 母親は玄関に置いてある家族写真をそっとカバンにしまった。 まだあの人を忘れられないでいる母親が滑稽に思えた。 僕たちはアパートから出て当分の間、無言で歩き続けた。 これからの事を考えると恐怖だった。 街明かりが随分と遠ざかった頃、母親がボソッと口を開いた。 『もう楽になろうか、、、』 16歳の僕は、その意味をすぐに理解した。 何も答えない僕に母親はニコッと笑みを向けた。 『ウソウソ。なんでもない。今日はホテルに泊まろ。』 母親は財布を取り出してお金を確認した。 そこにはなけなしの1万円札が入っていた。 そして僕は、その言葉が嘘ではないと理解した。
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