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思いもよらない申し出に、ネイサンはまつげのない目を見開いた。
「あなたは南に南にと旅をしてきたと言ったけれど、南の果てに着いたからといってここに住むわけじゃないでしょう? ここからまた旅に出るなら、その時は私を一緒に連れて行ってほしいの」
彼女の目は真剣そのものだ。ネイサンは優しく微笑んで、話の続きを促した。
「それじゃあ、どうして旅に出たいのか、聞かせてもらおうかな」
ネイサンは少女に倣い、カラファテの実を数粒まとめて口の中に放り込んだ。その果汁は思いのほか甘く、おやつと呼ばれるのもうなずける。
「私はね、鼻つまみ者なのよ」
グレイシアはなぜか誇らしげに、胸をそらせた。
「昔からなの。私が何か言ったり、訊いたりすると、大人はみんな嫌な顔するのよ。家族だって同じ。うるさいから黙ってろって言われるから、私、家にいるのが嫌いなの」
「それで、小さいうちからセシリアの部屋に入り浸っていたんだね」
ネイサンの口からその名が出たので、グレイシアは驚いた。
セシリアは昔、ネイサンと同じように北からやってきて、この村に住み着いた老女だ。好奇心旺盛なグレイシアを可愛がり、いろいろなことを教えてくれた。北の大地の言葉を教えてくれたのもセシリアだった。グレイシアは彼女にだけ通じる言葉を秘密の暗号のように感じ、貪るように覚えた。優しいセシリアが大好きだった。だから2年前、彼女が森でイノシシに襲われて亡くなったときは、ひどく寂しくて何ヶ月も泣いた。
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