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北の大地
男の名前は、ネイサンといった。
「ネイサンていうか、じいさんだよね」
グレイシアが村の言葉でそう呟くと、村長に短く咎められた。当のネイサンは、くつくつと笑っている。
顔も手もシミと皺だらけなのでもう村長くらいの歳かと思ったら、彼は60歳だと言う。
ネイサンの街は北の果てにあり、ここと同じように氷河があった。ただし、その氷河はこの村のものよりずっと小さく、ネイサンが物心ついた頃には、ほとんど湖になっていたという。
一年中水が冷たく、氷の塊の浮かんだ湖。
ネイサンの街は観光地で、美しい湖を見にたくさんの観光客が訪れた。街の人口の半分は観光業に従事し、大通りにはレストランや土産物屋が並んでいた。
いつしか街の人々は、残り少なくなった氷山から氷を削り出し、それを入れた飲み物を街の名物として売りだすようになった。
大人になったネイサンも、そういうものを出すバーで働いていた。
氷塊が少なくなるにつれ、残りを奪い合うようにして削り取られ、ネイサンが22歳のとき、湖の氷はとうとう全て消えてなくなってしまった。
街の人々は普通の氷を氷山の残りだと偽って売るようになり、氷河が消失したことそのものを気にするものは誰もいなかった。
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