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「さぁ、コタ坊も忙しいだろうから、そろそろ家に帰してやろうかね。ほら、そこの暖簾をくぐってごらん。そしたらコタ坊の家だ。そっちからこっちに来たいときは、クローゼットを開けて『開(カイ)』と唱えな。そしたら結界が開いてここと繋がるからね」
「わかった」
僕が頷くと、ハレもこくんとかわいらしく頷く。その姿にここを去ることが非常に名残惜しくなってくる。
「コタ坊はそんなにハレのことご気に入ったのかい。だったらハレを付けてやってもいいけど」
「ワタクシもヤマネコさまなら喜んでお仕え申し上げます」
「え?つける?仕える?」
「守護獣とでも言おうかね。これでもこの仔は優秀な猫又なんだよ。コタ坊のお守りくらい容易い」
「いえいえかかさま、ワタクシめの力でヤマネコさまをお守りするならば全力で致します。決して容易く、などということはございません」
「ハレもこう言ってることだし、一緒に帰るかい?」
「いや、だからアパートにネコはまずいから…」
「だから姿が見えなければいいんだろ?」
そういうとおたまはおもむろにお札のようなものを取り出して、何やらぶつぶつと念仏のような呪文のような、とにかく僕には馴染みのないものを唱えながらハレの額に貼り付ける。するとお札様のものはスッと一瞬、光を放ち、ハレの額に消えていった。
「これでハレの姿はコタ坊にしか見えないよ」
そう言われても、僕の目にはしっかり映っているわけで。
「そんなに訝ることないじゃないか。なんて言うのは無理な話だね。だったらそこの姿見を覗いてみな」
おたまは部屋の隅に立てられた姿見を指す。年代物の豪奢な装飾を施された鏡だ。この持ち主は一体どんな人だったんだろう。
ハレと並んで姿見の前に立つと、そこに映ったのは僕の姿だけだった。ためつすがめつ眺めてみても、僕しか映らない。納得できるようなできないような、やっぱりできないけれど、映らない以上、ハレは僕にしか見えていないと思うしかない。
「ちなみにだけど、見えないのは人間だけでネコには見えるからね」
なんて便利なお札なんだ。
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