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丼と蕎麦を交互に見た。
両方いっぺんに用意するなンて何やってんだろうな、オレは。
全然覚えてないけど、もしかしたらかあちゃんの夢見を予感したかなんかで、無意識のうちに陰膳を据えたンかなあ。
オレは自分の目の前の蕎麦をひと口啜ってみた。
冷えちまってる上にすっかり伸びちまってた。
オレは伸びた蕎麦の不味さを洗い流すように、グラスの焼酎を流し込んだ。
夢とは言え、久しぶりにかあちゃんに会えたのは幸福だった。
オレもかあちゃんととうちゃんのような暖けえ家族が欲しいなあ。
潜在的に燻ってはいたんだか、心底そう思ったよ。
「さて」
寝落ちしちまったせいで空腹もMAXだ。
蕎麦はちと勿体無いが、もう食えないか。カレー丼はまだ食えるな、多分。
オレは台所のレンジで温め直そうと、向かいのカレー丼を取ろうとした。
が、待てよ、と思い直した。
このまま陰膳に据えて、今晩はかあちゃんと差し向かいで晩酌にしよう。
かあちゃんの分のカレー丼とグラスはそのままに、オレは伸びた蕎麦の丼と空いた自分のグラスを持って台所に立った。
鍋のカレーとつゆを温め直し乾麺の蕎麦を追加で茹でて、カレー蕎麦をもう一度設えた。
氷も何も入ってない空のグラスに生のままの焼酎をいくらか注いだ。
今晩は常温でストレートと行こう。
「よし」
オレは片手に蕎麦を、もう片手に焼酎を持って卓袱台に戻った。
ホカホカと立つ湯気に煽られながら。
やっぱ、この季節はアツツを食うのがご馳走だよな。
「あれえ?」
そのグラスはひっそりと卓袱台に佇んだままだった。
かあちゃんの陰膳のグラス。
但し、注いであった焼酎が何時の間にやらすっかり消えてしまっていた。
そして。
丼のカレーも綺麗に無くなっていた。
空になった丼の中にはレンゲが差し込まれていて。
グラスを良く見ると、フチには薄っすらと紅の跡が残っていた。
「かあちゃん…」
なンだよ…。
どうせ食うんなら、そんなにがっついて食わずにオレが蕎麦を持って戻るまで待っててくれりゃあいいのに。
どっこいしょと卓袱台を前にオレは座り、空になったカレー丼を満足気にもう一度見てから蕎麦に取り掛かった。
第三夜 完
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