くゆる

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 マスターの柔らかい顏を何と言ったらいいだろうか。 喜びでも悲しみでもない、懐かしいも違う──似た指輪を薬指にはめているマスターの今の顏を、なんと言ったら。  追いつかない頭に自分は、煙草を吸っても? と言うと、赤い陶器の灰皿が出てきた。 しかしここに来る途中に吸い切ってしまったんだった、とライターと殻の箱を手に握る。 「──よければ」  と、マスターは開けたシガレットケースを見せてきた。 茶色のそれは綺麗に整列されている。 「お話中のお供に」  これは代金には含まないという。 ここはチョコレートの店だ。 しかしチョコかと思ったら、それは本物の煙草だった。 一本取り、少し匂ってみる。 マスターも吸う人なのか、マッチを擦ってくれて火をつけてくれた。 ふぅ、と吸いこみ、きつさに喉が締められた。 でもわかった。 この匂いは、チョコレートだ。 「僕も失礼して……」  マスターの煙草姿は様だった。 どこかの映画のワンシーンを切り取ったかのようだった。  くゆるチョコレートは、まだ火がついたばかり。  ──素敵な人に会った話を、します。  自分はまだ、自分の話をしていなかった。 今起こった事でいいのだろうか。 でも、きっとあの人は楽しそうに、いいよ、と言ってくれそうな気がする。  この不思議は、自分だけのチョコレートを探すにぴったりの物語だ。
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