名前をつけて

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「す、すまない。色々と良くしてもらって」 古着を纏った青年は、濡れた髪を拭きながら、倒れた木に座って待っていた娘と、熟睡し少女の元に戻って来たのだった。 あれから、3人は娘の自宅に戻ってくると、青年にハーブ入りの石鹸とタオルを押し付けて、身体を洗ってくるように娘は言い放ったーーあまりにも、青年が砂埃で汚れていたからだった。 青年が身体を洗っている間に、娘は普段手仕事をもらう村に行って、青年が着れそうな古着や下着を買ってきたのだった。 「この借りは必ず返そう」 「気持ちだけでいいですよ」 娘は隣に座るように青年を促した。 二人の間には、青年が髪を拭く音だけが聞こえていたが、やがて娘が口を開いた。 「やっぱり、人間に戻れたので、お家に帰るんですか?」 「気になるのか?」 「そりゃあ、まあ。ご家族も心配されているでしょうし……」 いじいじしながら娘が答えると、青年は噴き出したのだった。 「もう、笑わないで下さい!」 「すまない。貴方があまりにも可愛くて」 顔が真っ赤になった娘に対して、青年はしばらく笑っていたが、やがて落ち着くと答えたのだった。 「私達は家族なのだろう? だったら、ここが私の居場所だ。ここに住むつもりだ」 いや、住まわせてくれというべきだろうか。と、青年が悩み出すと、今度は娘が噴き出す番だった。 「おい」 「す、すみません。つい」 ジトッと見た青年は立ち去ろとするが、娘は隣に座るように促す。 そうして、青年が座ると、腕の中で眠っていた少女を青年に押し付けたのだった。 「身体を洗って冷えませんでしたか? コハクちゃんで暖を取って下さい。お子様体温で」 「おいおい……。って、コハク?」 「はい。この子の名前です」 娘は青年の腕の中で眠り続ける少女ーーコハクに視線を向けた。 「瞳が琥珀色なので……。この世界では何ていうのか知りませんが、私が居た世界では、木の幹から流れた樹脂が、長い時間をかけて固まったものを琥珀って呼ぶんです。それと同じ色なので、コハクちゃんって呼ぶことにしたんです。コハクちゃんも自分の名前がわからないってことだったので」 安直過ぎますかね。と娘はコハクの蜜色の髪を撫でながら苦笑した。 「いいと思う」 「本当ですか!?」 娘が喜んでいると、青年は「ああ、羨ましいな」と呟いた。 「せっかくだから、私にも名前をつけて欲しい」 「えっ? でも、人間の頃の名前がありますよね? 今更、名付けるなんて……」 オロオロと戸惑う娘を安心させるように、青年は微笑んだ。 「人間だった頃の私はもう死んだ。ここにいるのは、人間とドラゴンの出来損ないだ」 「でも、それでも……」 「いいから、つけて欲しい。私達は家族なのだろう?」 「そ、そうですね。私達はみんなバラバラなのをくっつけたツギハギの家族です」 「そうだな。何も接点が無く、家族になった私達はツギハギだな」 そうして、二人は顔を見合わせて笑ったのだった。
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