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ほの暗い空間の中に、まるで宙に浮かんでるかのように、キラキラと光る影が駆け回っている。
それは、青く輝く切り取られた海。
乾いた社会に存在するオアシス。
そう。ここは水族館だ。
青い光に照らされた彼女が水槽を覗き込むと、先程まで遠くを泳いでいたイルカが、彼女の目の前まで泳いでくる。
イルカと顔を合わせた彼女の姿はどこか儚くて、まるで俺は夢を見ているのだと錯覚する程、現実感の無い光景だった。
「このイルカ、人懐っこいのね」
「君が綺麗だから、きっとこっちに来たのさ」
「あらお上手。ありがと」
可愛い。
この笑顔こそ、俺の人生のエネルギー源だった。そう、これこそが俺のトリガー。これこそが勇気の元だ。彼女の笑顔で、きっと俺はどこまでも生きていけたのだろう。
「水族館、やっぱり子供にも大人気だね」
「そうだな。普段見られない光景だから」
「次は、家族で来よう。凪と、僕と」
「そうね」
「えっじゃあ結婚」
「無理ね」
「無理か、そうか」
水族館を歩いている彼女の姿は、どこか泳いでいるような、フワフワと漂っているような感じがした。
水槽に囲まれている、開放的でもあり、そしてある意味閉塞的でもあるこの空間にいるのに、まるで彼女はどこか遠くの海を泳いでいる、そしてそのままどこか遠くに行ってしまうような、そんな気がした。
俺の後ろの水槽に、見覚えのある海の魚が集まってくる。
「なんだい、同情してくれるのかい? 」
「…………」
当たり前だ。魚は喋らない。
だが当分の間、寿司は食えなさそうにない。
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