生贄鬼譚、起

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生贄鬼譚、起

 ゴトリ、という音とともに不安定な揺れがなくなったことで、少女は目的地に着いたことを知った。  真っ暗な籠の中で待つこと少し。  人の気配の無くなったところでそっと籠にかけられていた(こも)をあげると、晩秋とはいえ冷たい風が上等な白い着物の袖口や裾を通り、肌を突き刺していく。  しかし少女は凍えそうな冷気を気にも留めず、祭儀場に降り立った。  村からも距離がある山中の奥に作られた石作りの祭儀場は、七年に一度の夜にしか使われることがない。普段はほこりまみれのそこは今はきれいに清められ、四隅に点された蝋燭の灯台によってわずかばかり照らされている。  だがそれも夜の闇を退けるには頼りなかった。周囲を囲む木々はこの場で何十年と繰り返された事を象徴するかのように不気味な影を立ち昇らせ、いっそ重苦しささえ感じるようなどろりとした闇を孕んでいた。  空には辛うじて弓張り月が昇っていたが、陰鬱な雲によって半ば隠されている。  少女はしびれるように冷たい祭儀場の上を白足袋一枚で歩き、中央にしつらえられたござの上に膝をそろえて座った。  その前にはちょうど少女が一人寝転がれそうな大きな板と、脇には少女の腕ほどはあろうかという、だが形だけはよく知る刃物が置いてある。  わかってはいたことだがあまりにもあからさまなそれに、少女はこんな時でも苦笑を禁じ得なかった。  それは、大きさこそ違えどよく見慣れ、使い慣れた道具。  食材を置くためのまな板と、刻むための大包丁だった。  ならば、そこで刻まれる食材は何か。その前に座る少女しかいない。  少女は、村に祭られた神にささげられる、贄だった。  
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