《54》

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「叔父上の血を受け継いでいます。きっと良い武士になりますよ、菊丸は」  忠真が首を横に振った。 「わしと同じだ。突出したものはなにもない。兄上やお前の槍を見すぎたのだな、わしは。自身の平凡さを嫌になるほど感じてしまう。わしにできる事と言えば雄々しく」  空が明るくなった。夜空に花火が上がったのだ。 すみれと小松が飛び跳ねて喜んでいる。 花火は甲斐の方角の空に打ち上げられていた。 「酒井め、味なことを」 忠真が笑いながら言った。  城郭区のあちらこちらからやんやの歓声が沸き起こっている。 花火職人が意図的にやっているのか、上がる花輪は長細いものだった。 「槍の花火」 小松が言った。そうだ、槍の形だ。槍形の花火を甲斐の方角の空に向けて放っているのだ。  酒井の大太鼓が勇壮な音を鳴らし続けている。槍形の花火を見上げながら、忠勝の肌は粟立っていた。  来るなら来い、武田。俺たちは負けぬ。  内心で言った。蜻蛉切を手にしたい、と忠勝が思った時、唹久と乙女が家の中から運び出してきた。 女二人が重たそうに抱える大槍を忠勝は両手で受け取った。  忠勝は少し前へ出た。黒疾風の面々も外に出てきている。 忠勝の頭上、風音を立てて、蜻蛉切が回転した。周囲から感嘆の声が漏れる。  一度右脇に挟んでから、蜻蛉切をまた頭上で回す。忠勝は太鼓の音に合わせて槍の舞いを踊り続けた。上がり続ける花火のせいで、周囲は昼間のように明るかった。  やがて、花火は上がらなくなった。夜が明けたのだ。槍の舞いを続ける忠勝の顔の回りで汗が飛び散る。 酒井の大太鼓はまだ勇壮な音を奏で続けていた。    
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