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「あの爺か」
「私も十中八九そうだと思います」
半兵衛が言った。爺、と言っただけで秀吉の考えを理解したようだ。
「信長様は此度の出陣にもあやつを連れていっておるのだな」
「おそらく」
阿呆が、という言葉が秀吉の喉元まで出かかった。信長はあの妖しげな爺を面白がってよくいくさ場に連れてゆく。それが、どれだけ危険か、わからぬのか、あの、うつけは。
松永久秀の心に天下を狙う気概がまだ生きていれば、いや、確実に生きているだろう。
あの男はもう60をいくつか過ぎているが、内に備える気力は半端ではない。
早く、松永久秀を排除しなければ、信長の命は危うくなる。
今、信長を死なせるわけにはいかない。信長が今死ねば松永久秀の天下になるだけだ。
秀吉の天下。確実にそうなる時でなければ信長は死んではならないのだ。
「京を探らせている人の数を倍に増やせ、半兵衛。将軍義昭と松永久秀が手を組み、信長様を亡き者にしようとしているという事の確たる証拠を早急に掴むのじゃ」
「はっ」
一礼し、半兵衛はきびすを返した。仕事が早い男だ。京の探索の手配に回ったのだろう。
半兵衛が去った後、秀吉は再び武器庫を見た。運びこまれた鉄砲はほぼ庫に入った。
昼になり、そろそろ腹も減ってきたころ、「おまいさーん」という声が背後から聞こえた。
振り返ると、樫木の影に清洲に居る筈の妻、寧々が手を振りながら立っていた。
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