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「こんの、馬鹿女ぁ」
秀吉は怒鳴りつけながら、寧々に走り寄った。寧々の傍で更に言葉を投げつける。
「ここは戦陣だぞ。女が来る所じゃねえわい。さっさと、去(イ)ね」
「そんなぁ、おまいさん」
寧々が眉毛を八の字にした。
「だって、もう1年以上も帰ってこないじゃないか。あたし、寂しくってさ」
「だからって、こんな所に来るな。目と鼻の先に敵が居るんだぞ」
「藤吉郎」
突如、右側から聞こえた懐かしい声に秀吉の背筋が伸びる。寧々がしたり顔で笑った。秀吉はゆっくりと右を見た。大男と子供に挟まれて小柄な老女が立っていた。
「は、は、母上ぇ」
秀吉は頓狂な声を出した。右側から現れたのは、秀吉の生母、なか、だった。なかが秀吉の傍に来た。
「久しぶりですね、藤吉郎。貴方が城持ちになったと聞き、祝いを言いたくて、尾張からやってきたのです」
「いや、母上。こんな暑い盛りに旅など。それにここは山城です。登りはさぞかしきつかったでしょうに」
「なんの事はありません」
なかが言った。
「寧々殿がよく助けてくれました。それに、頼もしい供が二人もついておりましたし」
なかの両側に立つ子供と大男が照れくさそうに笑った。
大男の肩で何かが動いている。よく見るとそれは小猿だった。
「母上、この二人は」
秀吉はなかに訊いた。
「私の親戚の加藤家と福島家は知っていますね、藤吉郎」
「はい」
なかは筋立った細い手を子供に向けた。
「こちらが福島家の長男、市松」
続いてなかの手が大男に向く。
「こちらが加藤家の長男、夜叉若です」
「ほお、それはそれは」
「市松が11歳で夜叉若が10歳なのですよ」
「なっ、なんですと!」
秀吉は頓狂な声を出し、大男の夜叉若を見上げた。夜叉若の肩に乗る小猿が歯を剥き出して秀吉を見下ろしている。
「この、馬鹿でかいのが10歳ですと」
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