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「そいつは、そんなに強いのか」
夜叉若が少し前屈みになった。頭の小猿が肩に移動した。
「そらあ、もう。強いなんてもんじゃねえぞ」
秀吉は言った。夜叉若を相手に喋ると上を向きっぱなしになるので、ひどく首が痛くなっていた。
「頭には、鬼と見まがうほど勇壮な鹿角兜。手には長さ2丈(約6メートル)の大槍。漆黒の甲冑を身に纏った姿でいくさ場を駆ける姿はまさに疾風よ」
「2丈」
市松が高い声を発した。
「そんな化けもののような槍を人が扱えるものなのですか」
「おうよ」
秀吉は言った。
「まるで手のようにな。いくさ場の本多忠勝はとんでもなく長い腕を持っているんだ。本多忠勝が駆ければその左右では常に敵の首が舞い上がる。本多忠勝が駆け抜けた跡には屍体の路ができちまうんだ」
市松と夜叉若の眼が輝いている。まるで自分に対して憧憬を抱かれているような気になり、秀吉は続けた。
「また本多忠勝は、討ち取った敵にも敬意を忘れない。右肩に袈裟にしている大数珠を触れて討ち取ったその場で弔ってやるんだ。真の強者は礼を欠かさないもんだ」
「会ってみたい。秀吉殿、俺、本多忠勝に会ってみたい」
いくらか熱が篭った声で夜叉若が言った。秀吉は微笑し、夜叉若の上気した顔を見た。小猿が夜叉若の耳の上辺りの髪をいじっている。
「元服し、戦功を多く立てれば、いつか会えるかもしれんな」
言いながら秀吉は二人の素直な反応が面白くて仕方なかった。
「まあ、お前らがわしの言う事をちゃんと聞き、立派な男に育てばいつか本多忠勝に会う機会も作ってやろう」
秀吉はいずれ、本多忠勝を配下にするつもりである。成長した市松と夜叉若を本多忠勝が率いていくさ場を駆ける姿を想像した。
床几に座り、秀吉は本陣で忠勝と市松と夜叉若を眺めている。傍らには信長の頭蓋骨が置いてある。うーん、楽しい想像だ。
「よし、俺は1日でも早よう戦功を立てて、秀吉殿に本多忠勝と会わせてもらうぞ」
「俺もじゃ、夜叉若。お前より沢山戦功を立てて、本多忠勝に会うのじゃ」
「おう。負けぬぞ、市松」
秀吉は二人を交互に見た。最初はなんと憎らしいがきだと思ったが、なんのなんの。今は二人とも愛らしきものに見えた。市松と夜叉若。この二人が日々の心持ちを豊かにしてくれるかもしれない。秀吉はそんな風に思った。
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