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秀吉は呻きに近い声を発した。宗門が動くというのはかなり異質な事に思えた。
こちらは足利将軍家を擁しているのだ。古くから本願寺は足利に臣従の意を示している。事実、信長の力添えで義昭が征夷大将軍に就任した直後、顕如は金6千貫を京に送ってきている。
今、信長に弓を引くは足利将軍家への翻意を示すのと同じだ。
先の浅井長政にしろ、今回の顕如にしろ、将軍家への翻意決断に躊躇が無さすぎる。
目に見えない大きな力が動いている。秀吉ははっきりとそれを感じた。
暗い力は、ついに宗門まで動かしてきた。
「早よう、爺を排除せねば」
秀吉は忌々しい気分で呟いた。脳裏に浮かぶは松永久秀の脂ぎった笑顔である。
半兵衛がてきぱきと指示を飛ばし始めた。
小六を城の守りに残し、秀吉と半兵衛は兵、4千を率いて城外に出た。半兵衛の提案で騎馬は連れて出なかった。秀吉も含めて皆、徒である。馬を使わない事への疑問は口にしなかった。竹中半兵衛が言っている事だ。間違いなどあろう筈がない。
山の麓に降り、小路まで出た。小谷城と横山城を結ぶ路である。
信長の敗報を受けて、浅井長政が動きを見せると半兵衛は読んだのだ。
摂津から京に帰還する信長軍を長政は必ず狙う。その際、長政は秀吉という後顧の憂いを抑えておきたい。必ず、横山城に奇襲を仕掛けてくると半兵衛は見解を秀吉に語った。
半兵衛は隊を2千ずつに分けて小路の両脇にある茂みに伏せた。
もし、他の経路から横山城を急襲されれば、たちまち窮地になるが、秀吉は全く心配していなかった。
半兵衛がここを通ると言ったら、通るのだ。
兵の口には枚(木片)を噛ませていた。街道を挟んだ対面、背の高い草が生い茂る地帯を秀吉は見つめた。半兵衛隊が伏せている茂みだ。
草の横から微かに手が見えた。指が2本立っている。敵が現れたという合図だった。
指が3本になった。敵が近い。秀吉は枚を吐き出した。
指が4本になった。攻撃開始。秀吉は雄叫びをあげて、茂みから飛び出した。
敵の隊列、その横腹が見えた。秀吉は周囲を兵に守らせながら、敵に接近した。
隊列の先頭、敵の馬が嘶く。喊声と悲鳴が入り混じる。甲冑と槍がぶつかる音。争闘が始まった。
「引くな、推しまくれ」
味方の人壁の中、秀吉は叫んだ。
秀吉隊が突然左右から襲いかかったものだから浅井軍は混乱し、収拾がつかなくなっている。
侍大将らしき騎兵が必死にまとめようと怒号を飛ばすも、敵兵は右往左往するばかりだった。
「全軍、横山城方面に駆けよ」
半兵衛の声。あの細い体からは想像もつかないほど大きく力強い声だった。
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