《53》

12/17
前へ
/296ページ
次へ
 秀吉は呻きに近い声を発した。宗門が動くというのはかなり異質な事に思えた。 こちらは足利将軍家を擁しているのだ。古くから本願寺は足利に臣従の意を示している。事実、信長の力添えで義昭が征夷大将軍に就任した直後、顕如は金6千貫を京に送ってきている。 今、信長に弓を引くは足利将軍家への翻意を示すのと同じだ。 先の浅井長政にしろ、今回の顕如にしろ、将軍家への翻意決断に躊躇が無さすぎる。 目に見えない大きな力が動いている。秀吉ははっきりとそれを感じた。  暗い力は、ついに宗門まで動かしてきた。 「早よう、爺を排除せねば」 秀吉は忌々しい気分で呟いた。脳裏に浮かぶは松永久秀の脂ぎった笑顔である。  半兵衛がてきぱきと指示を飛ばし始めた。 小六を城の守りに残し、秀吉と半兵衛は兵、4千を率いて城外に出た。半兵衛の提案で騎馬は連れて出なかった。秀吉も含めて皆、徒である。馬を使わない事への疑問は口にしなかった。竹中半兵衛が言っている事だ。間違いなどあろう筈がない。 山の麓に降り、小路まで出た。小谷城と横山城を結ぶ路である。 信長の敗報を受けて、浅井長政が動きを見せると半兵衛は読んだのだ。 摂津から京に帰還する信長軍を長政は必ず狙う。その際、長政は秀吉という後顧の憂いを抑えておきたい。必ず、横山城に奇襲を仕掛けてくると半兵衛は見解を秀吉に語った。  半兵衛は隊を2千ずつに分けて小路の両脇にある茂みに伏せた。 もし、他の経路から横山城を急襲されれば、たちまち窮地になるが、秀吉は全く心配していなかった。 半兵衛がここを通ると言ったら、通るのだ。  兵の口には枚(木片)を噛ませていた。街道を挟んだ対面、背の高い草が生い茂る地帯を秀吉は見つめた。半兵衛隊が伏せている茂みだ。  草の横から微かに手が見えた。指が2本立っている。敵が現れたという合図だった。 指が3本になった。敵が近い。秀吉は枚を吐き出した。 指が4本になった。攻撃開始。秀吉は雄叫びをあげて、茂みから飛び出した。  敵の隊列、その横腹が見えた。秀吉は周囲を兵に守らせながら、敵に接近した。 隊列の先頭、敵の馬が嘶く。喊声と悲鳴が入り混じる。甲冑と槍がぶつかる音。争闘が始まった。 「引くな、推しまくれ」 味方の人壁の中、秀吉は叫んだ。 秀吉隊が突然左右から襲いかかったものだから浅井軍は混乱し、収拾がつかなくなっている。 侍大将らしき騎兵が必死にまとめようと怒号を飛ばすも、敵兵は右往左往するばかりだった。 「全軍、横山城方面に駆けよ」 半兵衛の声。あの細い体からは想像もつかないほど大きく力強い声だった。
/296ページ

最初のコメントを投稿しよう!

308人が本棚に入れています
本棚に追加