《53》

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 暫く駆けてから、半兵衛はまた隊を2つに分け、茂みに伏せた。 秀吉は草の中でうつ伏せになった。 対面、半兵衛隊の兵卒が指で合図を送ってくる。 2本。敵が近づいている。指が5本になった。敵が動きを止めた、という合図だった。 「なるほどな」 顎を土につけ、秀吉は呟いた。徒ばかりで出陣した理由は埋伏を繰り返すためだ。当然だが、騎馬が居れば一度しか埋伏からの奇襲は行えない。徒ばかりなら分かれる事も潜む事も変幻自在にやりやすい。こういった動きの訓練は半兵衛を迎えてから兵たちは反吐が出るほどやっている。秀吉隊の動きに一切の淀みは無かった。  埋伏を繰り返すことで敵の行軍の足を鈍らせることができる。進軍してくれば先ほどと同じように叩けばいい。 半兵衛を迎える前と迎えた後では秀吉隊の動きは雲泥に良くなっているのだ。  ふいに、馬蹄が聞こえた。横山城の方角からだ。秀吉の眼の前を一頭の馬が横切る。秀吉は一瞬、眼を疑った。微かに見えた馬上には大きな影と小さな影。夜叉若が手綱を操り、後ろに市松が乗っていたのだ。  敵が待機している場所が騒然とした。秀吉は立ち上がり、茂みから飛び出した。 敵の方を見た。夜叉若の大きな背中が敵中を駆け回っている。市松が空に拳を突き上げて何事かを叫んでいる。 「あの馬鹿ども」 言ってから、秀吉は走った。 「全軍続け」 背後で半兵衛の声が微かに聞こえた。気がつけば、秀吉の顔のすぐ傍に敵が居た。少し遅れて味方兵が周囲を囲み、秀吉は敵から離された。ほんの一瞬だが守りの兵を着けず、敵に突っ込んだのだ。あり得ない事だが、敵に突っ込む夜叉若と市松を見た瞬間、恐怖心が消えた。夜叉若と市松を死なせたくない。秀吉の思考はその一点だけになっていた。  夜叉若が槍を前に突き出していた。槍の穂先には先ほど兵をまとめようとしていた敵の侍大将らしき騎馬兵が背中から貫き通されていた。
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