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「そうか。そうだわな」
「あの二人はただの猪で終わらせるわけにはまいりません。秀吉殿の行く末を左右するくらいの名将になる大器である、と私は見ております」
「本当か、半兵衛」
「はい。だから、早い段階で組織立った戦い方と軍律の大切さを覚えさせる必要があるのです。ですので、今回の専行に関しては他の大人と同じように厳しい態度で当たりました」
「なあ、半兵衛よ」
言って、秀吉は唾を呑み込んだ。
「お前、本気で市松と夜叉若を斬るつもりだったのか」
「本気でしたよ」
太刀の束に触れながら、半兵衛は言った。
「ただ、必ず秀吉殿が止めに入るとも思っていました。ああいう状況で秀吉殿に命を救ってもらったという記憶を市松と夜叉若に植えつけておく事も大切なのです。これで市松と夜叉若の秀吉殿に対する忠誠心は益々強くなったことでしょう。主君への揺るがぬ忠義。これも名将に必要な資質です」
「半兵衛、お前」
秀吉は半兵衛の笑顔が怖くなってきた。青白いこの優男の頭の中にはどれほどの思慮が詰まっているのだろうか。
「あの二人は私に命をひとつ借りている状態ですので、書物も文句を言わず読むでしょう。ずっと避けていた書見をする事で市松も夜叉若も軍学を身につけます。それは必ずや、市松と夜叉若を更に大きくするでしょう」
「恥ずかしいわい」
言って秀吉は下を向いた。
「何がですか」
「わしゃな、市松と夜叉若に大きく育ってほしいとずっと思っていた。思っていただけだ。あいつらが可愛くて、甘やかすことしかできなかった」
「秀吉殿はそれでよいのです。叩いて鍛えることは私がやります」
「そうか」
「いずれ、市松も夜叉若も元服致します。烏帽子親は間違いなく秀吉殿がなるでしょう。秀吉殿は二人が元服後に名乗る名でもお考えになっていればよろしかろうかと」
「元服後の名か」
二人とも清く正しく、大きくなってほしい。秀吉の切なる願いである。
市松が“福島正則”。夜叉若が“加藤清正”。
そんな名前がなんとなく思い浮かんだ。
いくさ場にはまだ、血が匂っていた。
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