《54》

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 小松がもう6歳になったというのが、忠勝は俄に信じられなかった。 浜名湖の畔である。具足を解いたのは久しぶりだった。家族を浜松に移住させてから初めての非番だった。 浜松城の改修も終わり、家康初め家中の主だった者たちの移住は終わっている。徳川の本拠地は岡崎から浜松に移ったのだ。  湖の水面が陽光を返す。それに照らされた小松が花を摘んでいる。 「見てくださいですじゃ、父上。こんなにお花沢山」 小松が摘んだ花を両手で抱えて忠勝に見せて言った。忠勝は優しい気持ちになり、自然と笑みが漏れた。 小松は、ついこないだまで赤子だったのだ。それが今ではどこで覚えたのだと忠勝が驚くほど沢山の言葉を話し、そこいら中を走り回っている。 子の成長というのは眼が回るくらいに早い。 忠勝も24歳になっていた。若き三河の飛将などと言われていた自分ももう20代の半ばだ。 若き、とはもう誰も言わない。若さが遠退いてゆく。それについて康政と二人で愚痴っていたら、通りかかった忠次に、“お前たちがそんな事を言い出したら、わしはもう棺桶に入っていなければならない”、と笑われた。  責任感。親としても将としてもこれまで以上の責任感を持って行動をしなければ、と忠勝は気を引き締めていた。  今日は天気が良く、陽光の暖かさが心地好かった。3月の終わりである。 なんとか、夏までに遠江の治安を完璧にしたい、と忠勝は考えていた。 だいぶん減ったが、今川の復活を信じ、徳川家中の者に激しい敵対心を抱く輩はまだまだ遠江に多く居る。 そういった連中全てを排除し、小松が安心して暮らせる場所に遠江をしたいと忠勝は切に思っていた。  ふいに、忠勝の頭を棒が打った。打つというより、ほとんど撫でるような当たり方だった。 振り返ると、いつの間にか背後に回り込んでいた小松が細い木の枝を構えていた。 「隙ありですじゃ。父上」 小松が糸のように細い眼を曲げて、笑った。
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