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笑った小松は乙女にそっくりだった。声も最近よく似てきた。鼻と口は忠勝に似ている。
「いつも母上が仰っている通りじゃ」
言って、小松が忠勝の顔を覗きこんできた。
「父上はいくさが始まれば鋭いが、普段はぼぉっとしておる。本当に隙だらけですじゃ」
忠勝は小松に撫でられた頭を擦り、苦笑した。甘酸っぱいような想いが胸に拡がった。
「鍋、しっかりしなさい」
小松が乙女の口調を真似た。あまりにもそっくりすぎて、忠勝は声をあげて笑った。
「鍋はほんとに小松に甘いから」
「この、小乙女め」
忠勝は乙女の物真似を続ける小松を抱えあげて振り回した。きゃっ、きゃっ、と小松が喜声をあげる。
幸せだった。こんな刻が常時続くような世を築く。乱世を終わらせる為、小松の未来を守る為に忠勝は戦い続けているのだ。
ふいに、忠勝は気配を感じた。背後の松林からだった。振り返ると、傘を被った女が立っていた。痩せていて背の高い女だった。
女が忠勝と小松に近づいてくる。
「すいません、ちょっとお尋ねしますが」
か細く、聞き取り難い声で女が言った。
「浜松の城下町はどちらですか」
忠勝は無言で浜松の方角を指差した。
女が首をそちらに振り向けた。傘に隠れて女の表情はよくわからない。
女が少しよろめいた。
「亡き夫の生地を巡る旅をしております。しかし、旅の途上、路銀も食糧も盗賊に奪われてしまい3日何も食べておりません。もしお情けをお掛け頂けますなら、何か食べるものを分けて頂けませぬでしょうか」
「母上が持たせてくれたお弁当がありますじゃ」
言って、小松が倒木の上に置いてある竹の包みを手に取り、女に近づいた。女の気配が変わった。
「いかん、小松。離れろ」
言って忠勝は地面を蹴った。女の襟を掴み、そのまま投げた。都筑秀綱から最近習っている柔の技である。女は軽業師のように中空で、でんぐり返りし、音もなく地に降り立った。忠勝は素早く地に置いてある太刀を拾い、鞘を払い、小松の前に立った。
「父上から離れてはならんぞ、小松」
正面、短い忍刀を構えた女が高い声で笑った。
「さすがだねえ、本多忠勝。どこで気づいたんだい」
先ほどのか細い声とは程遠い、明瞭な声で女が言った。
「足音だ。近づいてくる時、一切足音が無かった。あれは忍の歩き方だ」
忠勝は言いながら、蜻蛉切を持ってくるべきだったと少しだけ後悔した。
女が鼻で一笑し、指笛を吹いた。
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