《54》

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 四方から何かが飛んできた。 「くっ」と忠勝は呻きを漏らした。忠勝の両手首と上半身に帯が絡まりついている。忠勝の周囲を15、6人の、巫女装束の女が囲んでいた。 「暴れれば暴れるほどその帯は体に食い込むよ」 正面の女が言いながら、ゆっくりと忠勝に近づいてきた。忠勝の足下、瞬きを忘れたかのように小松が糸の眼を大きく見開いている。小松だけは守らなければ。忠勝の頭にあるのはそれだけだった。帯を振り解こうと腕をよじった。女が言った通り、帯は忠勝の肉に深く食い込み、血流を圧迫した。 「どこの忍か訊いても答えんだろうから、聞きはせぬ」 忠勝は近づいてくる女を睨み付けて言った。 「俺の命はくれてやる。だが、娘は見逃してくれ」 「無双の強さと深き情愛」 女の紅を差した唇が動く。 「いい男だねえ、本多忠勝。殺すのが惜しくなっちまう」 「頼む。娘は」 「わかったよ。あんたの首を落とせばそれで、あたしの仕事は終わりさ。それ以上の事は何もしない」  女が忍刀を振り上げた、その時、忠勝の体が自由になった。体をいましめていた帯がすべて切られていた。忠勝は右腕を振り、女目掛けて斬撃を放った。女が後転でこれをかわす。  周囲、巫女装束と黒装束の争闘が始まっていた。 「服部半蔵、影の軍か」 女が忌々しそうに呟き、歯噛みした。 「厄介だね。引き上げるよ」  女が短い指笛を吹くと同時に巫女装束の女たちが消えた。女たちは浜名湖の傍に立っていた。女たちが一斉に湖に飛び込んだ。 「やはり、お前が最初に狙われたか」 服部半蔵が傍に来て言った。と言っても、20名ほどいる忍は皆同じ黒装束に覆面姿なので、これが服部半蔵なのかどうか正確にはわからない。 「これで2度目だな。窮地を救われたのは」 湧き上がる嫌悪を抑えて忠勝は言った。 「一応、礼は言っておく。助かった」 「別に救ったとは思っておらん」 半蔵が言った。 「徳川家康に貰っている金の分の仕事をこなしているだけだ」 「あの女どもは」 「武田歩き巫女」 「なんだと」 「お前に最初声をかけてきた女は歩き巫女の頭領、望月千代女(チヨジョ)だ」
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