《54》

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 兵舎から、梶原忠が飛び出してきた。 「武田の忍に襲われたと聞きました」 梶原がすぐ傍まで来て、眼を剥いた。 「お怪我などは」 「大丈夫だ」 忠勝は梶原の肩をひとつ叩いて言った。 「それより、梶原、国境の警備を更に厳重にしろ。女子供、年寄りに至るまで徹底的に調べあげてから入国させるようにしろ。俺たちの油断が武田の忍を領内に入れてしまったのだ」 「は」 梶原が直立し、表情を引き締めた。 「戦時のつもりで徹底的にやります」  確か、今日、国境の屯所には中根忠実と牧総次郎が入っている筈だ。 梶原は兵舎に入り、兵卒を1人走らせた。 「兄貴殿」 再び兵舎から出てきた梶原が言った。 「今後、ご家族は」 「一旦、岡崎に帰そうと思う」  梶原が唇を噛んだ。 「小松殿は今が一番成長する時です。それを見れぬ辛さ、お察し致します」 「致し方あるまい」  忠勝は自邸の門を潜った。玄関の戸を開けた瞬間、2本の薙刀が忠勝の視界に飛び込んできた。一瞬、身構えたが、忠勝はすぐ体の力を抜いた。 唹久と乙女が、鉢巻き襷姿で薙刀を持って三和土(タタキ)に立っていたのだ。 忠勝は思わず後退り、戸に背をつけた。 「唹久に乙女。なんだその格好は」  よく見ると、後ろの方で、すみれが短い槍を持って立っている。唹久と乙女と同じく、すみれも鉢巻き襷姿だった。 「私たちは断じて退かぬぞ」 言って、乙女が薙刀の石突きで三和土を打った。 「何があっても、ここに居る。たとえ、どんな危険があろうと離れてはならない。それが家族だ。そうだろう、鍋」
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