《46》

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 雨粒が少しずつ大きくなっている。忠真と長坂信政がこちらに近づいてきた。 「なんですか。何やら良くない事を私の甥に吹き込んでおりますか酒井殿」 笑いながら、忠真が言った。 「別に。わしらは爺だと忠勝と康政に教えていたのだ、忠真」  厚い、灰色の雲が空を覆う。辺りが一気に暗くなり、風が強まるや、桶をひっくり返したような雨が空から落ちてきた。 皆、どこかに避難することはせず、ただ濡れた。訓練で熱くなった体に雨粒は心地好いのだ。  強雨は一時的なもので、すぐに止んだ。 濡れた草が青臭さを濃くしている。 「鼻を垂れていた頃から見てきた男たちの成長が見られるというのは、長く生きてきた者にとって最高の楽しみだのう、忠真」 立ち上がり、忠次が言った。 「まことに、酒井殿」 甲冑から水を滴らせ、忠真が応えた。 「忠勝に康政、ありがとうな」 「何を改まって、酒井殿」 忠勝は苦笑して言った。 「わしは歳を取っている。いつ天命が途切れるかわからぬ。だから一度だけ、お前たちに感謝を伝えておきたかったのだ」 「酒井殿」 忠勝は呟いた。忠次がきびすを返す際、口元だけで笑った。その中に老将の哀しみが見えたような気がした。  この翌日、徳川家中すべての軍に出陣命令が下された。行き先は近江。相手は、浅井朝倉連合軍だ。
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