《47》

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 断末魔の叫びが陣内に響いた。血飛沫。陣幕に細かい黒点がいくつも増えた。 捕らえた六角軍の侍大将は5人だ。そのうちの4人が屍体になっている。 「なぁ、頼むよ」 残った1人が後じさりながら、命乞いをする。両手を縛られているので動きがぎこちない。篝が揺らめき、信長の細面が闇に浮かび上がる。 その顔を見、秀吉はぞっとした。まるで人斬りを楽しむ狂人のように笑っていたのだ。 「俺は降伏する。浅井も六角も捨てる。信長様、あんたの配下になる。だから、命だけは」 「ゆるさぬ」 言って、信長が太刀を振り上げた。 「裏切り者は皆殺しじゃ」  捕らえた敵将が短い悲鳴をあげた。信長が太刀を振り下ろす。血が飛び、陣幕の黒点がまた増えた。酸鼻が辺りに漂う。秀吉の隣で明智光秀が眉をひそめた。松永久秀が拳を突き上げ、狂喜乱舞している。 信長が息をつき、太刀を懐紙で拭う。その眼は瞬きを忘れたかのように見開かれ、狂気の光を放っている。信長は元々苛烈な性格をしていた。その苛烈さは年齢と共に少しの落ち着きを見せ始めていた。だが、浅井長政の裏切りにより、狂気じみた信長の苛烈さが戻ってきていた。  近江に入ってからのいくさは連戦連勝である。 その中で捕らえた敵将はすべて処断している。 中には恭順の意を示した者もいた。だが、信長は赦さなかった。 まさに、近江の大地は血で染まっていた。 「市はなんと言ってきた」 信長が言った。
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