《47》

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「はぁ、それが」 信長に眼を向けられた丹羽長秀が口ごもる。 「申せ」 静かで低いが、信長の声には迫力があり、陣中にいる誰もが緊張した表情を浮かべている。 信長の妹であるお市の方は浅井長政の妻である。近江進攻に際し、丹羽長秀が一切を取り仕切り、お市の方を織田家に帰らせようと働きかけているのだ。 「はい」 信長から眼を逸らし、丹羽長秀が続けた。 「浅井の家は出ぬ。市様からの返書にはそう書いておりました」 「ほぉ」 信長が息を漏らした。右手にぶら下がる太刀から血が滴り落ちている。 「返書に書いてあったすべてを報告せよ」  丹羽長秀が唾を呑む音が秀吉の居る場所にまで聞こえてきた。 「はい」 丹羽長秀が続ける。 「私は浅井長政の妻である。近江は私が生き、死ぬる場所である。近江に進攻してきた織田軍は私の敵である。浅井長政を愛している。市様からの返書にはそう記されておりました」  実に愉快そうに、信長が声をあげて笑った。長い笑いだった。ひとしきり笑い終わった後、「秀吉」と信長が声を掛けてきた。 「はは」 返事をし、秀吉は前に出た。 「小谷城の城下に火を着けてこい」 小谷城は浅井長政の居城だ。当然お市の方もそこに居る。 「我が妹の想い、試してやろうではないか」
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