《50》

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 日輪が中天からやや西に傾いている。未の刻  (15時頃)になっていた。 酒井忠次が馬を寄せてきた。忠次の腰には無数の首級がぶら下がっている。 「もの凄い活躍でしたね、酒井殿」 「何を言うか康政」 言った忠次の息は乱れていた。 「お前や忠勝の働きには到底敵わん。お前たちと一緒にいくさ場に臨むと、嫌というほど自身の年齢を感じるわい」  忠次が嬉しそうに愚痴を溢した。そして、忠次は後方、忠勝の叔父、忠真や長坂信政が居る方へ行ってしまった。同じ年代のものと居た方が落ち着くのだろう。  三田村橋を渡りきったところで、本陣が野村の方向に動いた。 「これより織田軍の援護に向かう。これより織田軍の援護に向かう」 軍中の伝者が大声を張り上げている。 そうだ、いくさはまだ終わっていない。 朝倉軍は退けたが、浅井軍はまだ織田軍と争闘の真っ最中なのだ。  忠勝は康政と顔を合わせて頷き合い、馬腹を蹴った。  黒疾風と共に本陣の右備えに着いた。家康の背中が見えたので忠勝は馬を並走させた。 「ご苦労だったな、忠勝」 駆けながら言って、家康が忠勝に顔を向けてきた。 「随分と無茶な命令を下してしまったが、お前はわしの期待通り、否、期待を上回る働きをしてくれた」 「なんの事はありません」 忠勝は言った。本陣の左側に白い甲冑が見え隠れしている。康政の虚無雲が徒立ちで駆けているのだ。 「お前が単騎で駆ける事により、朝倉軍は完全に伸びきった。礼を言うぞ、忠勝。ありがとう。此度の戦勝、第一の功はお前だ」  忠勝は無言で頭を下げ、前を見た。争闘の気配を感じた。気配はあっという間に近まった。
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